NO.11 土の枕 津原泰水 年間SF傑作選 超弦領域 創元SF文庫 | |
2008年度年刊日本SF傑作選に、広義のSFとして選ばれた作品です。 SFには、文学の豊饒な鉱脈が隠れていると、私は思っています。 この作品のどこがSFか、私には良くわかりませんが、奇想天外なストーリーなので、広義SFになっています。 小作人の吉村寅次の身代わりになって、戦争に代理出征した地主の長男の田仲喜代治の戦争およびその後の 人生が語られています。 戦争が終わると、田仲喜代治は、吉村寅次として生きざるをえない状況になっていて、 小作人、吉村寅次としてその後の人生を送ります。 それまでしたことの無かった農業に苦しむ人生が始まります。 土と向き合う人生が始まります。 とても短い小説ですが、時間的空間的に大きな広がりを持っています。 静かに、心に語りかけてくる小説です。 |
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NO.12 キッチン 吉本ばなな 新潮文庫 | |
食わず嫌いで、吉本ばななの本を読んだ事がないという人がいたら、この本を読む事をすすめます。 自信をもって、読む事の深い喜びを与えてくれる本だと言えます。おすすめ本です。 若くして両親を亡くし、祖父母に育てられた桜井みかげが主人公です。 中学生の時に祖父を亡くし、今また祖母をなくして茫然としている時に、「家に来たら」と誘われて、 桜井雄一とその母えり子の住むマンションに居候する事になりました。えり子さんは、今は雄一の母をしていますが、 その前は、雄一の父でした。ゲイバーを持っていて、そこに勤務してます。 みかげは、そのマンションの大きなソファーで眠ると、心がやすらぎました。 吉本ばななの繊細な心が文章に出ています。 私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。 どこのでも、どんなのでも、それが台所であれば食事を作る場所であれば私はつらくない。 できれば機能的でよく使い込んであるといいと思う。 乾いた清潔なふきんが何枚もあって白いタイルがピカピカ輝く。 ものすごく汚い台所だって、たまらなく好きだ。 「さっきのえり子さんはね、この写真の母の家に小さい頃、なにかの事情で引き取られて、ずっと一緒に 育ったそうだ。男だった頃でも顔だちがよかったからかなりもてたらしいけど、なぜかこの変な顔の」 彼はほほえんで写真を見た。 「お母さんにものすごく執着してね、恩を捨ててかけおちしたんだってさ。」 私はうなずいていた。 「この母が死んじゃった後、えり子さんは仕事を辞めて、まだ小さなぼくを抱えてなにをしようか考えて、 女になることに決めたんだって。もう、誰も好きになりそうもないからってさ。女になる前は すごい無口な人だったらしいよ。半端なことが嫌いだから、顔からなにからもうみんな手術しちゃってさ、残りの 金でその筋の店ひとつ持ってさ、ぼくを育ててくれたんだ。女手ひとつでって言うの?これも。」 |
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NO.13 プレイバック レイモンド・チャンドラー ハヤカワ文庫 | |
私は、ハードボイルド小説が好きです。 ハードボイルド小説とは、自分を信じている、あるいは自分を信じようとしている男の プライドを守るための孤独な戦いが書かれた小説だと、自分で定義しています。 ロバート・B・パーカーの本も良いですが、レイモンド・チャンドラーの本は、どれも面白いです。 ここでは、プレイバックを紹介します。 主人公は、私立探偵のフィリップ・マーロウです。 ベティ・メィフィールドという女性の尾行と、居場所を連絡する依頼を弁護士から受けたマーロウが、 メィスフィールドの後を追っているうちに、色々な出来事に巻き込まれていきます。 やくざ者や、恐喝屋や、弁護士やブロンド美女や警官等、色々な人間が登場します。 ストーリーを話すと、読む楽しみがなくなるので、言いません。 とにかく、読んでみてください。 マーロウの行動や喋りが、ハードボイルドです。 「君はどこに住んでいる」 「西ロサンゼルスよ。しずかな古い通りで、私の家なのよ。」 「まず、西ロサンゼルスを試してもいい」 「なぜ、ここじゃいけないの」 「こんなことをいうと、君は帰ってしまうかもしれない。ぼくはここで夢を見たことがある。 1年半前のことだ。その夢がまだどこかに残ってる。そっとしておきたいんだ」 彼女はいきなり立ち上がって、外套をつかんだ。私は彼女が外套を着るのを手伝った。 「わるかった」と、私は言った。「もっと前にいっておくんだった」 彼女は私のほうに向きなおった。顔が私のすぐ前にあったが、私はふれなかった。 「夢を生かしておきたい気持ちなら、私だってよくわかるわ。私もいくつか夢があったけれど、 みん死んでしまったわ。生かしておく勇気がなっかったのよ」 「彼を愛しているのかい」 「あなたを愛してるんだと思ってたわ」 「あれは夜だけのことさ」と、私はいった。「それ以上のことを考えるのはよそう。 台所にまだコーヒーがある」 「もういらないわ。朝のお食事のときまでのまないわ。あなた、恋をしたことないの? 毎日、毎月、毎年、一人の女と一緒にいたいと思ったことないの?」 「出かけよう」 「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、彼女は 信じられないように訊ねた。 「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」 おすすめ本です。 |
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NO.14 ダイヤモンドダスト 南木佳士 文春文庫 | |
南木佳士の連作小説集です。 「ダイヤモンドダスト」が特におすすめです。 南木佳士は、医師であり、作家です。 小説には、死んでいく人の姿が良く出てきます。 看護師の和夫と、息子の正史、和夫の父親の松吉、和夫の幼なじみの門田悦子が 主な登場人物です。和夫の母、和夫の妻は死んでいて、和夫、正史、松吉の3人暮らしです。 松吉は脳卒中の後遺症でボケています。 「金は入ったかね」夕食のあとかたずけに台所に立つ和夫の背に、心配そうな松吉の声が迫ってきた。 「銀行の利子ならちゃんと入ってるよ。心配しなくていいよ」 「利子が来るのはあたりまえさ。貸した分の金のことを言ってるんだよ」 葉を落とし終えた唐松林の鋭利なシルエットの向こうに、冷えびえとした灰白色の満月が出ていた。 「月を貸しただろうが。三菱に」 和夫の勤める病院に、末期ガン患者の外国人宣教師のマイク・チャンドラーが入院してきます。 死期のせまったマイクが和夫に話します。 「私のファントムは対空砲火を受けて燃料が漏れ、エンジンにもトラブルを起こして仲間から遅れたのです。 北ベトナムに降下すれば、ゲリラのリンチにあうと教えられていましたから、とにかく海をめざして飛んだのです。 日は暮れて、周囲は深い闇でした。燃料がゼロになったとき、座席ごと脱出しました。パラシュートが開いてから、 ふと上を見ると、星がありました。とてもたしかな配置で星があったのです」 「誰かこの星たちの位置をアレンジした人がいる。私はそのとき確信したのです。海に落ちてから、 私の心はとても平和でした。その人の胸に抱かれて、星たちとおなじ規則でアレンジされている自分を見出して、 心の底から安心したのです。今、星を見ていて、あのときのやすらかな気持ちを思い出したかったのです。」 静かな語り口調で、深く大きな世界が語られている小説です。 |
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NO.15 人のセックスを笑うな 山崎ナオコーラ 河出文庫 | |
この小説を書いている時に、小説の神様が山崎ナオコーラの上に舞い降りたと、 私は確信しています。 美術専門学校に通う男子学生の磯貝みるめが主人公です。 専門学校の講師の猪熊サユリことユリとぼく(磯貝みるめ)の物語です。 ぼくは19才で、そこそこいけてるようだが、ユリは39才、目は一重で丸顔、 身体には肉がつきすぎている。 ユリは結婚しているのに、僕とユリはつきあうようになり、SEXをする仲になる。 平易な短い文章で、物語はつづずられていきます。 旦那がいるのに男漁りをする中年女と、やりたくてたまらない若者の話かとおもうと、 そんな話にはなっていません。 心沸き立つ愛の話になっています。 山崎ナオコーラに小説の神様が降臨したと言うべきでしょう。 「先生、足速いですね」 「あのさあ」 「はい」 「私、君のこと好きなんだよ。知ってた?」 「えーと 知ってたかも」 「授業してても、よく見ちゃってたの。いい顔してるなって。 あと肩のラインと、肘の形が好き。指の節も」 一緒に寝ていると、横で少し口を開けているのが見えて面白い。 じっと見ていた。喋っているときと違う感じ。 ふだんは年のわりに頼りない女の子のように見えるのに、 眠ると逆にしっかりした大人の女性に見えた。 本当はしぶとく生きていくことができる女なのだと思った。 指をそっと口の中に入れてみて、指先が湿るとすぐに出した。 なんだか笑ってしまう。 とにかく彼女の声やしぐさに夢中で、オレたちは学校でもキスをした。 はしゃぎ合って冗談を言い合えば、絵のことも将来のこともどうでも良かった。 部屋で二人でくっついているときは、最高に気分が良い。 彼女は愛情表現が上手い。二人でいるときは、学校では見せない顔を見せてくれる。 耳をひっぱり、眉毛を撫でて、「ずっと恋人でいてね」と抱きついてくる。 オレはかわいい女の子が好きだと思っていた。例えば自分には、顔に好みが あると思っていた。 昔の加賀まりこのような、黒猫みたいな女の子がいいな、生意気そうな目や、 ぷくっとした唇の子、そんな子が現れねえかな、と考えていた。 ユリはまったくそんな顔はしていない。 目は一重で、顔は丸顔、薄い唇はいつもカサカサ。 体には肉が付きすぎている。疲れた顔をしていることも多い。 しかし恋してみると、形に好みなどないことがわかる。 好きになると、その形に心が食い込む。そういうことだ。 オレのファンタジーにぴったりな形がある訳ではない。 そこにある形に、オレの心が食い込むのだ。 あのゆがみ具合がたまらない。 オレはセックスが下手、人づきあいも下手、自分のことをそんな風に思う。 そんなオレに、セックスをしながら、ユリが言う。 「自分が楽しければ、相手も楽しいと信じること。絵と同じ」 小説家のまね事をした人にはわかると思いますが、こんな平易な文章で、 僕とユリの生き生きとした姿、せつない恋の姿を描くって、たやすい事ではありません。 やはり、山崎ナオコーラの豊かな才能のなせる技と言うべきでしょう。 |
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NO.16 あなたの人生の物語 テッド・チャン ハヤカワ文庫 | |
こういうSF小説に、今後の文学の豊かな可能性が内包されていると私は思います。 ただし、SFファンでないと読みずらい小説でしょう。 フェルマーの原理とか出てくるので。 SFファンでない方には、おすすめしません。 女性言語学者のルイーズが主人公です。 ルイーズは、物理学者のゲーリーと、異星人ヘプタポッドとコンタクトを試みます。 ヘプタポッドは、突然、地球に現れた異星人です。 ヘプタポッドの喋る言葉と、書く文字を研究して、理解しようとします。 ヘプタポッドの喋る言葉ヘプタポッドAは、逐次形の言葉ですが、文字ヘプタポッドBは、 見たこともないような表義文字です。 それ自体で意味を有し、他の表義文字との組み合わせによって無数の叙述をかたちづくることができる。 ヘプタポッドが字を書くのを見ていると、ヘプタポッドは第一本目の線を書き始めるまえに、 全体の文の構成がどうなるかを心得ていなくてはならないことを意味している。 ルイーズはヘプタポッドBを学習することにより、自分の思考が図表的にコード化されるようになってくる。 さらに堪能になるにつれ、意味図示文字の構図は、複雑な概念までも一挙に明示する、完全に形成された状態で 現れてくるようになった。ヘプタポッドBを習得する前のルイーズの記憶は、逐次的な現在の痕跡を残しつつ、 ごくわずかずつ燃焼していく意識によって生成される煙草の灰のようなものだったが、 ヘプタポッドBを習得してのちの新たな記憶は、それぞれが数年単位の期間に相当する巨大なブロック群が ばらばらと所定の場所に落ちてきたようなもので、それらはすぐに50年におよぶ期間の記憶を形成した。 この事は、ルイーズの運命に影響を与えるのだろうか? 奇妙なSF物語です。 |
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NO.17 海を感じる時 中沢けい 講談社文庫 | |
中沢けいのデビュー作です。 みずみずしい作品です。 高1の私が、同じ高校の2学年先輩の高野さんにキスされてから、 高野さんに心ひかれていきます。 高1の私の父親は亡くなっていて、母親と二人暮らしです。 さがった前髪を、そっとかきあげてくれ、、唇があわされた。 案外に唇はつめたかった。 おそるおそる、舌がしのびこんできたかと思うと、歯のすき間をなめて出ていった。 「初めて」 「うん」 「僕もだ」 これって不良のする事じゃんか。 私は、中学、高校一貫教育の、横浜のカトリック系の男子校にいたから、 男子学生と女子学生が、学校でキスするという高校生活なんて、想像もつきません。 (本当は羨ましいです。) 私の高校は、男しかいなくて、授業の間の10分休憩はシーンとしてました。 なぜかというと、皆が、休憩時間に、勉強のために、参考書を読んでいるからです。 こんな恐ろしい高校生活を送りました。 勉強が大変で、毎日の睡眠時間は、3時間30分でした。 私と高野さんは、肉体関係をもつようになります。 「あたし、あなたが欲しいと思うなら、それでいいんです。 少しでもあたしを必要としてくれるなら身体でも」 自分が、だんだん恋愛劇のヒロインになることに、前のめりに酔っていく。 「やっぱり、帰れよ、俺は四時の電車で帰るよ」 カバンを持って、扉のノブに手をかけた、その手の上にすばやく、 私の手をかさねた。 「いや」 「どうしてもか」 「ええ」 「部はやめるの、もう俺に会わないかい」 「うん」 高野は深いため息をついて「俺、だめだからなあ」と口の中で言い、カバンを置いて、 長イスのはしを、指さし、「そっちを持ちなよ」と言った。 私と高野で二つの長イスをあわせた。 これって、許されるの、学校でやるんだよ、信じられない。 はい、私の高校生活ですか、3時間30分睡眠でふらふらなのに、 体育の授業で1500m走をさせられ、ゴールしたあと、苦しくて、胃液を吐いて、 グランドに倒れ込む毎日を送っていました。 高野は私を避けるようになるが、私は高野を追いかける。 「あなたは、私に会えば身体を求めてしまうことをおそれているようですが、私はそれでもいいんです。 あなたが、私を何らかの形で必要として下さるならば、それで。」 ああ、女はこわいなー。 私と高野の関係を知った、私の母はおこり、私とのバトルの毎日が始まります。 母は自分の娘が男と肉体関係があるなどとは汚らわしい、考えただけでぞっとする、 いやらしい、淫らだ、といった。 きったならしい、顔をみているのもいやだ。お母さんはちゃんと生活してきた。 それもこれもあんたがだめにしてくれた。生きてた意味がないと言います。 川上未映子の「乳と卵」でも、母と娘がバトルしていたけど、母とバトルする娘って 多いようですね。 私が、いつ、どこで海を感じたかは、読んでのお楽しみです。 中沢けいの、みずみずしい感性があふれた小説です。 好きな本でおすすめ本です。 |
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