私の好きな本、おすすめ本

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  • NO.49 蹴りたい背中 綿矢りさ 河出文庫    
    2004年に、とても才能のある、若い二人の女性作家が
    芥川賞を受賞しました。

    19才で、史上最年少で、「蹴りたい背中」で受賞した綿矢りさと
    21才で、「蛇にピアス」で受賞した金原ひとみです。
    一方は学園小説で、一方はカルト小説です。
    でも、どちらも、疎外されている男女の絶望と希望と失望と愛のようなものを
    描いています。
    絶望のレベルは、「蛇にピアス」の方が高いような気はしますが。
    「蛇にピアス」も、読み返してみるつもりです。
    両方ともおすすめ本です。

    これからは、「蹴りたい背中」について書きます。
    主人公は、女の高校生の長谷川です。
    クラスで孤立していて、友達もいない、ウザイ高校生活を送っています。

    居場所がまたなくなってしまった。
    これからは自分の机で独りごはんに耐える日々が続くんだ・・・・・

    同じクラスで、友達がいない、孤立している、男の、にな川と話を
    するようになりました。

    このにな川っていう男、おたくで覇気がなくって、グラビアアイドルの
    オリチャンのファンです。
    オリチャンの写真を集めたり、オリチャンに会ったこともないのに、
    色々と情報を集めています。オリチャン関連の本、漫画、Tシャツ、靴、
    香水なども集めて、ファンシーケースに入れています。

    にな川は言います。
    「オリチャンの特技は、目玉焼きをきれいに食べることだ」

    「あ、オリチャンのラジオが始まる時間だ。ごめん、聴く。」
    にな川は、CDラジカセの前にこちらに背を向けて座り、イヤホンを
    つけた。
    「なんで片耳だけでラジオを聴いているの?」
    「この方が耳元で囁かれてる感じがするから」
    そう言って、またラジオに向き直る。
    ぞくっときた。プールな気分は収まるどころか、触るだけで痛い
    赤いにきびのように、微熱を持って膨らむ。
    またオリチャンの声の世界に戻る背中を真上から見下ろしていると、
    息が熱くなってきた。
    この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい。
    痛がるにな川を見たい。
    ・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・
    にな川と長谷川と長谷川の友人の絹代で、オリチャンのライブを
    見にいきます。ライブ終了後に、会場から出てきたオリチャンに
    にな川はファン達をかき分けて、どんどん近づいていきます。
    にな川はどうなるのでしょうか?

    にな川は言います。
    「オリチャンに近づいていったあの時に、おれ、あの人を今までで
    一番遠くに感じた」
    言葉の続きを待ったけれど、彼はそれ以上何も言わず、
    眠ろうとするかのように寝ころんだ。私に背を向けて。
    川の浅瀬に重い石を落すと、川底の砂が立ち上がって水を
    濁すように、”あの気持ち”が底から立ち上がってきて心を濁す。
    いためつけたい。蹴りたい。愛しさよりも、もっと強い気持ちで。

    すぐれた小説の常として、長谷川と、にな川と絹代は
    小説世界の中で、息をして、実際に動いているようです。
    青春の、ひりひりとした痛みが伝わってくる小説です。
    長谷川が、何故にな川の背中を蹴るのか。
    読者が、その時に、自由に想像すれば良いのでしょう。

    「オタクばかりしてないで、もっとしっかりしろ」
    「胸が熱くなって、どうしても蹴りたくなる」
    「憎さの裏返しの愛で、蹴りたくなる」
    「あんたの丸まった背中を蹴って、痛がるあんたを見たい」
    「蹴って、気合いを入れてやりたい」等々。

    自由に想像すればよいのでしょう。
    SM的な、痛めつけたい愛という気持ちもあるでしょう。
    凄絶なSM的愛の小説を読みたいなら、「蛇にピアス」をおすすめします。
    私の好きな本で、おすすめ本です。(H.P作者)

    NO.50 通天閣 西加奈子 ちくま文庫    
    西加奈子は、とても力のある作家だと思います。
    スナックで働く20代の女性で、スナックでチーフと呼ばれている女性と、
    工場の組立作業をしている40才ぐらいで、工場でリーダーと呼ばれている男が主人公です。
    二人は大阪の通天閣の近くで暮らしています。

    チーフは、マメという男と2年間、同棲していましたが、マメは、映像の勉強をするために
    ニューヨークに3年間の予定で留学します。
    チーフは一人暮らしを寂しく感じています。

    リーダーの住んでいる部屋の向かいにオタクっぽい男が住んでいて、「ジム・キャリーはMr・ダマー」という
    映画のチラシを扉にびっしりと貼っています。
    彼は、ホモなのか、リーダーをじとっとした目で見ます。
    リーダーが塩ヤキソバを食べに行く大将の給仕の太った女が、リーダーに話かけてくるのを、
    リーダーは、うっとうしく思っています。


    チーフが働いているスナックは、変なママとオーナーの男とホステス達がいます。
    チーフがマメにふられて、落ち込んで泣いていると、スナックのママが言います。
    「泣いたらいかん」
    「ふたりで通天閣に登ろう」

    チーフとママは通天閣に登ります。
    ママは何を言うのでしょうか?・・・・・・・・・

    リーダーと一緒に仕事をする事になった新入りの小山内君の仕事が遅いので、リーダーはいらいらします。
    小山内君の奥さんは、妊娠していて、もうすぐに出産予定です。
    リーダーの仕事についていけず、小山内君はおどおどします。

    通天閣の近くの鉄柱に登って身投げをしようとしている男がいて、
    人だかりができています。
    リーダーとチーフもそこにいます。
    身投げしようとしている男は、「ジム・キャリーはMr・ダマー」のオタク男でした。
    そこで、リーダーは意外な行動をとりますが、どんな行動でしょうか?・・・・・・

    物語がぐいぐいと読む人間を引っ張っていきます。

    すぐれた物語の常として、小説の中で、リーダーやチーフそして他の人物達が息をして、動いています。

    私の好きな本でおすすめ本です。

    NO.51 ギンネム屋敷 又吉 栄喜 集英社    
    又吉栄喜は、沖縄に深く根差した小説を書く作家です。
    その小説世界は、荒々しく、生命エネルギーに満ちています。
    「ギンネム屋敷」は、「豚の報い」とともに、又吉栄喜の代表作です。
    私は、高校、大学の頃は、欧米文学の翻訳小説ばかり読んでいました。
    しかし、20代に、青野聡の「愚者の夜」と、又吉栄喜の「ギンネム屋敷」に
    出会って、日本の現代小説の面白さに目覚めました。
    それ以降、日本の現代小説も読んでいます。


    主人公の私は、勇吉とおじいと共に、沖縄のギンネム屋敷に住む、
    朝鮮人で、米軍エンジニアをやっている男を訪ねていきます。
    朝鮮人が、おじいの孫娘で、知恵おくれの女の、売春婦のヨシコーを
    レイプするのを、勇吉が目撃したと勇吉が言うので、3人で慰謝料を
    取りにいくためです。

    私は、朝鮮人の男を介抱したことがあります。
    私と朝鮮人の男が、戦争中に、飛行場建設の強制労働をさせられていた時に、
    朝鮮人の男が、看護婦として徴用された恋人の小莉を見かけて、かけよろうとして、
    日本兵につかまり、したたか殴られて血を流した時に、私が介抱してやったのです。
    その事を朝鮮人の男は覚えていました。
    従軍看護婦は、従軍慰安婦と同じようなものです。
    日本軍兵士の性欲処理係りです。
    日本軍本体は、小莉を連れて、南部の方に移動していきます。
    朝鮮人の男は、戦争でアメリカ軍の捕虜になり、戦争終了後は、
    沖縄で米軍向けのエンジニアをしていますが、ずっと小莉を探しています。
    意外な所で、やっと小莉を見つけますが、小莉は変わってしまっています。
    小莉はどうなっていたのでしょうか・・・・・

    私と8才年上のツルは、夫婦です。6才の息子がいましたが、戦争中に爆撃を
    受けて、岩山の下敷きになって、死に、遺体は見つかっていません。
    ツルは錯乱状態になってしまったので、私は両親にツルを預けました。
    その後、私は14才年下の春子と暮らし始めますが、回復したツルが
    訪ねてきて、私と春子を何時間も責めました。
    春子に「この人がいなければ生きていけないのは私も同じよ」と泣きわめかれ、
    「近いうちに出直して来るよ、きっと来るよ」と言って、去っていきます。
    私は、ツルの事は、いつも気にかかっています。

    朝鮮人の男は、慰謝料を払う事に同意しました。
    本当にヨシコーをレイプしたのでしょうか?
    1週間後に、私一人で来てくれと、朝鮮人の男に私は言われて、
    出かけていきます。
    朝鮮人の男は、静かな口調で、恐ろしい物語を話しだします・・・・・

    沖縄を舞台にした、熱と怒りとエネルギーに満ちた物語が語られます。
    戦争に対する、静かな怒りが満ちています。
    私の好きな本で、おすすめ本です。
    NO.52 鬼の詩 藤本義一 河出文庫     
    藤本義一が、落語の芸人の桂馬喬について、書いた小説です。
    芸人をやっている事の苦しさ、芸の厳しさについて、書かれています。
    藤本義一は、2012年に、80才で亡くなりましたが、
    ご存じですか。昔、11PMというテレビ番組の司会をしていました。
    喋りのうまい関西人でした。エッセー等も多く書いていました。

    馬喬は、もともとは、地味な古典落語をやっていましたが、
    露と結婚してから、芸の幅と人間の幅が広くなります。
    馬喬は、寺の門前に捨てられたため、実の親を知りません。
    養父母に育てられました。
    露との間に子供ができると、溺愛します。

    馬喬は、結婚後に、同僚の桂文我の芸を認めるようになります。
    桂文我の芸を己のものにしようと、桂文我の家の隣に越して、
    文我の芸を盗もうとします。
    自分の陰気さを拭い、文我の陽気な芸に近づいて、客に
    受けたいと念じます。
    馬喬は露に言います。
    「お前な、明日からでええさかいに、文我の食いもんと
    一緒の食いもんをわいに食べさせてくれ」

    夏になれば、裏の田んぼから、やぶ蚊が湧いてくる。
    文我が青葉を燻べると、馬喬も松葉を拾い集めて来て、
    蚊遣りを真似た。
    芸人として主体性がないばかりでなく、生活にも主体性がない男に
    成り果てたと露は思った。

    露は27才で他界します。馬喬は深く悲しみますが、露の死が機縁となって、
    新しい芸を身につけます。何の芸でしょうか?
    ・・・・・・・・・・・・・・
    馬喬の新しい芸も、1年たらずで、袋小路に迷い込んでいきます。
    壁にぶちあったてきたのです。話が破綻するか、
    オチがびしっと決まらないのです。
    「目の前の壁をひょいと飛び越せたらなあ・・・」
    この言葉が、馬喬の口癖になりました。

    その当時は、芸が行き詰まれば、相当に名があり、
    贔屓筋がないかぎり、すぐに明日から食いはぐれてしまい、
    高座から叩き出されて、野垂れ死にする芸人がたくさんいました。

    目先を変える必要が有ると思い、違う芸を開拓する馬喬ですが、
    その芸は、苛烈で奇矯な方向に向かいます。

    どう考えても、自分は珍芸、見世物として命脈を保っているにすぎないと思い、
    馬喬はあせり、さらに奇矯で異常な方向に向かいます。
    ・・・・・・・・・
    なぜ、馬喬は鬼と呼ばれ、鬼の芸をするようになったのでしょうか?
    是非、本を読んでください。

    つまらないと思うとすぐ離れていく人気のはかなさ、芸を磨き、高めて、
    人気を得るための、芸の修行の困難さ、芸人の苦しみ、芸のつらさ、
    恐ろしさについて、深く考えさせられる本です。
    テレビでアホバカをやっている現代の芸人達だって、一人になれば、
    芸について考え、苦しみ、恐ろしさに戦慄していると思います。
    人気が無くなれば、すぐ消えていく世界ですから。
    恐ろしき、芸と芸人の世界です。
    藤本義一の小説は、つまらないという印象を持っていましたが、
    この本は面白いです。
    私の好きな本で、おすすめ本です。(H.P作者)

    NO.53 白痴 坂口安吾 新潮文庫     
    主人公は伊沢です。
    伊沢は大学を卒業すると新聞記者になり、つづいて文化映画の演出家になっています。
    27才です。
    時代は、日本が戦争中であり、東京は空襲を受けています。
    伊沢の隣人は気違いです。そして、気違いは、白痴の奥さんと母親と暮らしています。
    母親は、強度のヒステリーです。
    ヒステリーを起こすと獰猛になって、白痴の奥さんは怯えてしまって、
    何事もない平和な日々ですら
    常におどおどして、人の足音にもギクリとします。

    ある晩、おそくなり、ようやく終電に間に合い、夜道を歩いて我が家に帰ってきた伊沢は、
    押入れの中にいる白痴を発見します。
    気違いの母親に叱られて、逃げこんできたようなのです。

    彼は女を寝床へねせて、その枕元に座り、自分の子供、
    三つか四つの小さな娘をねむらせるように
    額の髪の毛をなでてやると、女はボンヤリ眼をあけて、それがまったく幼い子供の
    無心さと変わるところがないのであった。
    この戦争はいったいどうなるのであろう。日本は負け敵は本土に上陸して日本人の
    大半は死滅してしまうのかも知れない。
    それはもう一つの超自然の運命、いわば天命のようにしか思われなかった。

    それから、白痴の女性は、伊沢の家で、伊沢の帰りを待つようになります。

    彼には忘れ得ぬ二つの白痴の顔があった。
    その顔の一つは彼が初めて白痴の肉体にふれた時の白痴の顔だ。
    その日から白痴の女はただ待ちもうけている肉体であるにすぎず
    その外の何の生活も、ただひときれの考えすらもないのであった。
    常にただ待ちもうけていた。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    目覚めた時も魂はねむり、ねむった時もその肉体は目覚めている。

    もう一つの顔は、爆撃を受けた時の白痴の顔です。
    彼は見た。白痴の顔を。虚空をつかむその絶望の苦悶を。
    女の顔と全身にただ死の窓へひらかれた恐怖と苦悶が凝りついていた。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    言葉も叫びも呻きもなく、表情もなかった。
    人は絶対の孤独というが他の存在を自覚してのみ絶対の孤独も
    有り得るので、かほどまで盲目的な、無自覚な、絶対の孤独が有り得ようか。

    4月15日に、伊沢の住んでいる場所は、大規模な空襲を受けます。
    家々は燃え、人々は逃げ惑います。
    伊沢と白痴は助かるのでしょうか?
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    雑木林の中にはとうとう二人の人間だけが残された。
    二人の人間だけが−−−けれども女は矢張りただ一つの肉塊にすぎないではないか。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    今眠ることができるのは、死んだ人間とこの女だけだ。
    死んだ人間は再び目覚めることがないが、この女はやがて目覚め、
    そして目覚めることによって眠りこけた肉塊に何者を付け加えることも
    有り得ないのだ。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    女の眠りこけているうちに女を置いて立去りたいとも思ったが、
    それすらも面倒くさくなっていた。
    人が物を捨てるには、たとえば紙屑を捨てるにも、捨てるだけの張合いと
    潔癖ぐらいはあるだろう。
    この女を捨てる張合いも潔癖も失われているだけだ。
    微塵の愛情もなかったし、未練もなかったが、捨てるだけの張合いもなかった。
    生きるための、明日の希望がないからだった。
    明日の日に、たとえば女の姿を捨ててみても、どこかの場所に何か希望が
    あるのだろうか。
    何をたよりに生きるのだろう。


    戦争中の出来事を書いた小説です。
    出口の見えない絶望的な日々。
    空襲を受ける日々です。
    日本中が破壊され、負けると、新生が始まるのではないかと伊沢は思っています。
    出口の見えない伊沢のもとへ、若い白痴の女が逃げ込んできます。
    肉欲で肉体のみが反応する、泥人形のような女です。
    空襲を受けて、伊沢と白痴の女は逃げ惑います。
    逃げている時に、一瞬ですが、伊沢は白痴の女を愛おしく思う瞬間がありました。
    しかし、それも一瞬で、その後は、やはりただの白痴の女でした。
    伊沢は、白痴の女を捨ててにげようかとも考えましたが、やめました。
    捨てるだけの張合いがないからです。
    この女を捨てても、どこにも希望がないからです。
    つきまっとてくる白痴の女を一つの象徴として、人生の絶望的な姿を
    坂口安吾は描きたかったのだと、私は思います。
    白痴の女は、「人生」、「仕事」、「家族」、「恋人」、「自身」等、
    他の色々な物に置き換える事ができると思います。(H.P作者)


    NO.54 窓の灯 青山七恵  河出文庫     
    青山七恵は、デビューした時から完成された作家でした。
    「窓の灯」は、青山七恵のデビュー作で、文芸賞受賞作です。
    うまくて完成されただけの小説は多くありますが、青山七恵の作品は、
    うまくて完成されていて、そして心にグッと響いてきます。

    まりもは、大学を中退し、憧れのミカド姉さんの喫茶店に住み込みで
    働くことになりました。
    ミカド姉さんの隣のアパートの2階の部屋に住んでいます。
    アパートの向かいの部屋を覗くことが日課になりました。
    アパートの向かいの部屋には、若い男が越してきて、ガールフレンドが
    訪ねてきたりします。
    マリモは、興味深々で、向かいの部屋を覗いています。

    青山七恵は、人物描写や人々の会話の描写が、デビュー作ですでに練達の域に
    達しています。

    姉さんの体はうまくできていると思う。例えば、姉さんの長い髪は
    パーマがでろんと伸びきっていて、毛先はあちこちを向いている。
    彼女が大きくカウンターに乗り出すと、その柔らかい毛の束は
    時々おじさんたちの手元をくすぐる。すると彼らはその束を引っ張って、
    姉さんを困らせる。
    彼女の小さな悲鳴を聞いて喜んでいるおじさんたちは、まるで小学生みたいに幼稚で
    かわいそうな奴に見えた。

    ミカド姉さんは、色々な男達を自分の部屋につれこんで、SEXしています。

    その日の夜中、ふと目が覚めると隣の部屋から姉さんの高いあえぎ声が
    聞こえてきた。それから水島さんの死にぞこないみたいな気味の悪い声も。
    私は姉さんのきれいな声だけ聴こうと、壁にぴったり耳を押し付けて
    目を閉じた。姉さんの声は段々大きく、切羽詰まっていって、最後に悲鳴の
    ような高く澄んだ声をあげると、何事もなかったような静寂が一気に訪れた。
    私は自分の子宮がぎゅっと縮こまるのを感じた。

    煙草を手にとって窓を開けると、向かいの部屋はいつものように
    電気がついていた。今日も、彼女が来ている。
    ・・・・・・・・・・・・・・
    レースのカーテン越しの見えないところは自分の想像で埋めていったので、
    彼女のことなら私はもうなんでも知っている気でいた。
    髪を安っぽい茶色に染めて、それをいやらしく背中にたらしていて、
    いつもひらひらのスカートばっかりはいて、ピンクの自転車でやってきて
    ・・・・・・・・・・・・・・
    彼がギターを弾いているときはその横で頬杖をついて、無邪気な振りをして、
    じらしている。

    ミカド姉さんのことを、きれいな人だとは、思っていた。
    それからなんとなく、いやみな人だとも、思っていた。
    悪い女だと、女に嫌われる女だと、すごくセックスが上手そうだと、
    とんでもない局面で人を裏切る女だと、思っていた。
    ただ、うかつに目を合わせたら、私のような考えなしは
    すっかり彼女の虜になってしまう気がして、それをどこかで
    警戒していた。

    ミカド姉さんの大学の時の先生が喫茶店に訪ねてきます。
    ミカド姉さんは、先生のことを昔好きだったのですが、
    言えなかったのでした。
    先生とミカド姉さんは、親しげに話をしています。
    そんな二人の偽善的な姿にまりもの怒りが爆発します。
    どうなるのでしょうか・・・・・・・

    どうしたら、デビュー作で、こんなにストーリー展開が面白く、
    人物描写や会話がうまい、完成した小説が書けるのでしょうか?
    心に響く作品が書けるのでしょうか?
    私は、青山七恵が、どのような人生を歩んできたのか、どのような
    人とのつきあいをしてきたのか、どのような本を読んできたのかを
    本当に知りたいと思います。
    どのような作家としての修業を積んできたかも知りたいです。
    青山七恵は言うかもしれません。
    「特に、作家修行なんて何もしてないですよ」と。

    青山七恵は天才作家かもしれません。
    磯崎憲一郎も天才作家かもしれないと、私は思っています。(H.P作者)