私の好きな本、おすすめ本

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  • NO.18 生きていく力がなくなる時  坂村真民  柏樹社    
    またまた、仏教詩人の坂村真民さんの詩文集の紹介です。
    私は苦しい事、つらい事が有ると、真民さんの本を読みます。
    すると、力が湧いてきます。
    まず、この詩が書いてあります。

    二度とない人生だから
    一厘の花にも
    無限の愛を
    そそいでゆこう
    一羽の鳥の声にも
    無心の耳を
    かたむけてゆこう


    真民さんが、人生の苦しい時期に書いた詩が次の詩です。

    死のうと思う日はないが
    生きてゆく力がなくなることがある
    そんな時お寺を訪ね
    わたしひとり
    仏陀の前に座ってくる
    力わき明日を思う心が
    出てくるまで座ってくる


    真民さんが師と慕う尼僧のひとから形見にもらった手帳に、その尼僧の方の詩が書いてありました。
    とても好きな詩なので、書きます。

    私は16歳で母を亡くした
    母は丁度40歳だった
    もっと幼ければ黙って
    あきらめたかも知れぬ

    私は
    丁度母を失うには
    一番時期として悪かった
    小さい骨箱に納まった母を
    朝に夕におがんだ

    私はそのなやみのはてを
    仏に求めた そして
    父母未生来
    つまり公案をもらった

    私が父母から生まれる前世を
    考えよとの事だった

    私は明けても暮れても考えた
    そして二か月かかって
    やっとこの世とあの世の
    境無きを知った
    天にも登る嬉しさだった
    そして亡き母を花と見
    雨と見 山と見 海と見る
    心が開けて
    今日に至っている
    生きてゆく道を見つけた

    NO.19 後宮小説 酒見賢一 新潮文庫    
    物語作家、酒見賢一のデビュー作です。
    物語として、いい線いってます。
    物語小説として、高みに達していると私が思う小説は、渋沢龍彦の「高丘親王航海記」です。
    時代考証や文献考証について書いてあるところは、斜め読みしてください。
    物語をじっくり読んでください。
    中国の素乾の国の国王が死に、17才の皇太子のために、後宮が作られる事になった。
    田舎にすんでいた13才の女性、銀河は、宦官にスカウトされて、後宮の女官をめざします。
    銀河がこの小説の主人公です。
    銀河は、田舎出身で、世間知らず、天真爛漫な性格です。
    銀河は、後宮の女官をめざす他の3名の女性と同室で暮らす事になります。
    プライドの高いセシャーミン、賢いのかにぶいのか正体不明の江葉、セシャーミン以上のプライドが高く
    冷たい美貌のタミューンとのからみが面白いです。
    さて、その日の朝も例によって、銀河とセシャーミンが噛み合わない口論をしていた。
    「いいこと。あなたはこの鏡台を使わないでほしいのよ。これはわたしが使うのだから」
    「勝手なことを言わないでよ。ここにはそれ一つしかないいんだから、一人占めはしないでよ」
    「ふう。当たり前のことが何故わからないのかしら」
    セシャーミンは辛抱強さを装って言う。
    「わたしとあなたはこれくらい身分が違うの」
    これくらい、と言いながら両腕を左右に大きく広げて見せる。
    「だから、わたしの触れるものにあなたの手が触れたらいけないでしょう。わからない?ほら、たとえば」
    セシャーミンは回転のやや遅い頭で例を考え出した。
    「犬が食べた食器を、あなただって使いたくはないでしょう。ね、当然ね」
    「セシャーミン、あんたはわたしを犬だと思っているの」

    銀河たちは、女大学の入って勉強する。
    教師のセト・カクトー老師は、男女の営みの方法を、しかつめらしく、講義する。
    銀河は、セシャーミンとは、少し距離を縮める事ができるが、タミューンとの距離は縮める事ができない。

    セシャーミンは鏡台から振り返った。
    「追い出されるのよ。ここにふさわしくない女はね。黙ってあのタルトを潜ってでていくのよ」
    「ほんと。知らなかった」
    「本当よ。あんたもそろそろおよびがかかるに違いないわ」
    セサーミンの貴族ばった態度はだいぶ崩れてきており、銀河とも口をきくようになったし、貴族の気品とやらも
    だんだんと落ちてきていた。雑居していれば当然のことだ。
    ただ雑居の影響をほとんど受けない貴族もいる。
    「タミューン、今の話はほんとう?」
    タミューンは籐椅子にゆったりと掛けて、お茶を飲んでいた。
    銀河が問うと、ただ、うなずいた。
    タミューンと銀河の間には氷で編んだベールがはっきりと渡されていた。
    もちろん、タミューンが編んだものである。
    セシャーミンなどから見てもタミューンにはぞっとするほど冷たい差別意識、冒しがたい威厳、気品が備わっていた。


    後宮女官の一番の望みは、皇帝の正妃となることだ。
    銀河や同室の女性達は、後宮の中で、どのような地位を得ることが、できるのか。
    女同士のライバル心がぶつかり合う。
    若き皇帝は、どのような人間なのだ。


    ならず者の幻影達と混沌が、兵を集めて反乱を起こし、素乾の国に攻め込みます。
    兵力で優位なはずの素乾の国が、劣勢になります。
    そして幻影達と混沌が後宮にも攻め込もうとします。

    ここらへんから荒唐無稽な話になってきます。
    混沌のキャラクターが特に面白いです。
    銀河、江葉、セシャーミン、タミューンの運命はどうなるのだ。
    ここから、銀河、江葉の大活躍が始まります。
    江葉は、本当はすごい女なのです。
    物語作家、酒見賢一の力が発揮され、息もつかせぬ物語が展開されます。
    物語を引っ張るのは、山女で、天真爛漫な銀河です。
    銀河の魅力が後宮小説の全編に漂っています。
    この物語を、是非読んでください。おすすめ本です。

    NO.20 苦役列車  西村賢太 新潮文庫    
    最近の本も取り上げようと思い、苦役列車にしました。

    文章は平易で、読みやすいです。
    19才の貫多は、中卒で、日雇いの港湾人足仕事で生計を立てている。
    日雇いの港湾人足仕事は、冷凍のタコの、30キロ程もある板状の固まりを、延々木製のパレットに
    移すだけの、ひたすら重いばかりで、変化に乏しい、単調な作業である。
    1日の労働で得るお金は5500円である。
    その日に稼いだ金は、次にその会社にゆく為の電車賃だけ残してアットいう間に使い果たし、また同じ
    額を得るべく、どうでもそこへ行かざるを得ない状況に自らを追い込むという、悪循環にはまり、
    人足稼業にはまり込んでしまっている。
    貯金はできず、アパートの家賃の支払いは滞る一方であり、追い立てをくらうケースはすでに慣例と化している。
    友人も恋人もいない貫多は、一人で居酒屋に行き、ビールと日本酒を飲み、肉野菜炒めとモツ煮込みを食べる。
    貫多は小学生のころは、友人もいたのだが、小学校5年の時に、父親が性犯罪者として逮捕され、母親が父親と離婚して
    貫多をつれて引っ越し、学校を転校したころから、人付き合いを避けるようになった。
    また生来の片意地で協調しない性格もあって、友人ができない人生を歩んできた。
    そんな貫多が、人足仕事の現場で、同学年の専門学校生の日下部正二と知り合う。
    日下部は、陽気な性格であり、貫多にも親しく話かけてくる。
    貫多は日下部と飲みにいく仲になり、日下部をさそって、ソープやファッションマッサージへしばしば連れ込むようになる。
    貫多と日下部は、うまくやっていけるのだろうか。そこへ日下部の彼女の鵜沢美奈子もからんできます。
    一体、どんな展開になっていくのだろうか。


    今頃、日下部は恋人と濃密な行為に及んでいるのかと思えば、これが何とも羨ましくってならなかった。
    久しぶりの邂逅と言っていたからには、それはさぞかし本能の赴くままの、欲情に突き動かされるままの、
    殆どケダモノじみた熱く激しい交わりに相違なく、しかもその相手というのは素人である。
    素人の、女子学生なのである。
    適度に使い込まれている、最も食べ頃のピチピチした女体を、彼奴は今頃一物を棒のように硬直させた上で、存分に
    堪能しているのであろう。
    それに引き換え、この自分は心身ともに薄汚れた淫売の、30過ぎの糞袋ババアに1万8千円も支払って、「痛いから指、やめて」なぞ、
    えらそうにたしなめながらの虚しい放液で、ようやっと一息ついている惨めこの上ない態なのである。
    「理不尽だ」独りごちた貫多は、次にふいと最前の糞袋の口臭が、腐った肉シューマイみたいだったのを思い出し、ブルッとひとつ、
    身震いをはらう。

    中卒で港湾人足をしている貫多の青春小説です。鬱屈し、屈折した心情を持つ、貫多の青春小説です。

    俺も、大学生の頃、1か月、肉体労働のバイトをした事があったな。重い箱を運ぶのですが、肩にかついで、肩で運べとアドバイスされました。
    若いからできたけど、今ならすぐ腰とかを痛めそうです。
    バイト帰りに、貫多のように、安いコップ酒をあおったりしました。
    肉体労働をしているおじさんが、仕事のあとのビールがなんともうまいんだと言っていたのを思い出しました。

    NO.21 西の魔女が死んだ 梨木香歩 新潮文庫    
    一陣のさわやかな風がふいて来るような、さわやかな小説です。

    中学2年の女学生のまいが、主人公です。
    まいは中学に入学して、学校へ行けなくなってしまいました。学校へ行けなくなった理由は、小説の後半に出てきます。
    まいのパパは、仕事で単身赴任しています。まいのおばあちゃんは、英国人で、日本の田舎に一人で住んでいます。
    まいが「もう学校に行かない」と宣言したので、まいのお母さん(日本人と英国人のハーフ)は、まいに休養をとらせて、
    おばあちゃんにあずける事にしました。まいはおばあちゃんと、暮らします。一緒に、家事をしたり、畑仕事をしたりします。
    おばあちゃんのおばあちゃんは、予知能力のある魔女でしたが、おばあちゃんは、予知能力は有りません。
    でも、まいとお母さんは、おばあちゃんの事を、西の魔女と呼んでいます。
    まいは、おばあちゃんと暮らす事になったので、魔女修行もさせてもらいます。

    「教えて、おばあちゃん。どんな努力をしたらいいの?」
    「超能力というのは要するに、精神世界の産物ですから、これを統御するには精神力が必要です」
    「精神さえ鍛えれば大丈夫」
    「まず、早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」
    「おばあちゃんの言うとおり、悪魔が本当にいるとして、そんな簡単なことで、悪魔が本当にふせげるの?」
    「本当に、大丈夫。悪魔をふせぐためにも、魔女になるためにも、いちばん大切なのは、意志の力。
     自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にはとりつきませんよ」

     この本を読んで、人生を考えさせられました。私はどちらかというと、夜更かし族なもので。
     魔女になる方法は、良い人生を送る方法と言い換えても良いようです。
     意志の力を鍛えれば、悪い方向へは行かないという事です。耳が痛いです。

    「ねえ、おばあちゃん。意志の力って、後から強くできるものなの?生まれつき決まっているんじゃないの?」
    「ありがたいことに、生まれつき意志の力が弱くても、少しずつ強くなれますよ。
     少しずつ、長い時間をかけて、だんだんに強くしていけばね。そうして、もう永久に何も変わらないんじゃないかと思われるころ、
    ようやく、以前の自分とは違う自分を発見するような出来事が起こるでしょう」

    まいが、今日の気味悪い出来事を話すと、おばあちゃんは、
    「何でもありませんよ。まいはきょうはだいぶ動揺していましたからね。そんなことは気にしないことです」
    「どうして」
    「だって、その声は、まいが心から聞きたいと願ったものではなかったのでしょう。そういう一見不思議な体験を後生大事にすると、
     次から次へそういうものに振り回されることになりますよ」
     と言って。おばあちゃんはおとがいをあげた。
    「無視するんです。上等の魔女は外からの刺激には決して動揺しません」


    「おばあちゃん」
    まいは低い声で呼びかけた。
    「人は死んだらどうなるの」
    「分かりません、実を言うと、死んだことがないので」
    「おばあちゃんは、人には魂っていうものがあると思っています。
     死ぬという事はずっと身体に縛られていた魂が、身体から離れて自由になることだと、おばあちゃんは思っています。
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・
     魂は身体をもつことによってしか物事を体験できないし、体験によってしか、魂は成長できないんですよ。」

    「おばあちゃんが死んだら、まいに知らせてあげますよ」
     「ええ? 本当?」


    おばあちゃんはため息をついた。 「まい、ちょっとそこへお座りなさい」
     まいはテーブルについた。おばあちゃんも向かいに座った。
    「いいですか、これは魔女修行のいちばん大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直感を大事にしなければなりません。
     でも、その直感に取りつかれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうのです」

    この本を読んでいると、とっても人生の勉強になります。観念に支配されるのって、危険だよね。占い師に洗脳される人って、良く話題になってるよね。

    心を自分でコントロールできる西の魔女がまいをぶつ事になるが、それはなぜか。
    心臓発作で西の魔女は死んでしまうが、「おばあちゃんが死んだら、まいに知らせてあげますよ」という約束を
    西の魔女は果たしてくれるのか。

    まいと西の魔女の魂が交感する美しい小説です。おすすめ本です。
    NO.22 わたくし率イン歯ー、または世界  川上未映子  講談社文庫
    天才(と私は思っています)川上未映子の小説を紹介するのは、2回目です。
    「わたくし率イン歯ー、または世界」は、特に作家を志望している人に読んでほしいです。(作家志望でない人にも、当然、おすすめです。)
    なぜかというと、小説、文学の大きな可能性を示してくれるからです。大きな啓示を与えてくれる小説だと思います。
    ストーリーも荒唐無稽で、あまりストーリー展開もなく、使われている言葉も、半分こわれかかっているような日本語なのに、力とエネルギーに満ちた
    小説になっているからです。小説って、また小説の中の言葉って、こんなに自由で良いの?という新鮮な驚きが有ります。

    小説ってつていうか小説は自由なんか、自由であってはいけないっていうことはないっていうか、自由であるべしだと思うっていうか、自由なもんである、厭、厭、厭(川上未映子風に書きました。)

    物語を引っ張っていくのは、ここでも、「乳と卵」同様、関西弁をベースとした言葉の力です。
    今後の日本文学の未開の荒野を切り開いていくのは、川上未映子でしょうか田中慎弥でしょうか。

    私の中心を奥歯に置こうと思っている主人公の女性は、歯科医院で助手として働く事になります。
    歯科医院の先輩の三年子と、私の幼なじみの男の青木と、そのガールフレンド、出てくる人はこれだけです。
    あと、私はこれから生まれてくるだろう我が子に手紙を書いてます。(SEXする相手はいないし、妊娠もしていません。)

    <脳のあらへん状態で・私が存在したことが・この今まで一度もないのであって・脳がないなら私はいないと・そういうことは云いたくはなるけど脳があるかぎり誰にも証明することができません
    ・・・・・・・・・・・・・・・・
    人がどこ部で考えてるんかということが・もちろんそれが脳であってもまったくぜんぜん何も問題ないんですけど・脳なしで考えたことがない以上は・私はかかとで考えてるのかもしれへんし
    肩甲骨で考えてるのかも知れへんし>


    でもね、お母さんは今日歩いているときに考えていたことがあって、それは、どうすれば苦しくなくなるか、ということです。会ってる最中に、もしも黙りあうことがあって苦しくなったら、
    そのときは、さっとお互いの口をああんとあけて、奥歯を見せあうことにすればどうかなっておもったんです。
    口のなか、奥歯を、見せあったらそれを合図にさっと元にもどれることにしましょう

    三年子は、私の制服のポケットに四角く折った紙を押し込みます。
    <まえにも書いたと思うけど・あんたがきてからこの治療室・なんだかどろっとした感じ・どろっとしていてどろって感じ・あんたおなかがでてるけど
     妊娠してるんじゃないでしょうね・妊婦がくるとこういう感じになるからね・だけどあんたはここで働く人間なので・あんたはここに含まれているのですからね・
     すでに何かに含まれてるもんが・何か含んだりするなんてそんなこと・ここの誰も認めませんで
     ここは歯歯の治療室・含まれてある態度をしっかり身につけなさい>

    お母さんは、あなたは何ですか、ともし誰かに訊かれたら、黙り込むのにも飽きたのでおまえがもし生まれていたら、お母さん、そしてお前がまだいないなら、
    奥歯です、と答えようと思っています。へんでしょう。おかしいでしょう。でも、それが間違っているだなんて、誰にもいえないことなのです。
    お母さんは、だから青木に、お母さんは奥歯なのだから、顔をあわせてるときにもし気まずくなったら、奥歯を見せあいさえすれば、自動的に仲直りするルールを作りたいと、
    そう書くつもりですよ。

    <痛みというのはありとあらゆる人々をあらゆる形態で通過してゆく痛みのくせに・それを真実・痛がれるのは・これここ・ここしかないのです!
    こんなにこんなに人がいても・こんなにこんなに痛みがあっても・それを本当に感じることができるのは・ほんとにここしかないのです!・どうどう!・
    これは・すごいこと・本気の本気で・すごいこと・そして!三年子さん・わたしはこうも思うんです・
    ・・・・・・・・・・・
    あかんのやないか・そのまま抱えておるべきやないか・そのまま抱えておるべきか・わたしはわたしだけにべきを思う・誰にも渡さず・誰にも逃がさず・ここが穴になるべきです>


    青木くんわたしにゆうたろ、わたしに話してくれたやろ、なあなんで知らんふりするなんな、なんでごまかしごまかしするねんな、わたしは大事なことを云いにきたんや、
    ・・・・・・青木くんがゆうたんじゃ、雪国のあそこをゆうたんじゃ、なんであれがあんな大事な秘密のにおいがするのんか、わたしとおんなじこの問いを、
    わたしとおんなじ問いをもってるくせに、なんで知らんふりしてんのや、なんでそんな女と一緒におるんじゃ、そんな女なんやねん、化粧ばっかりしやがって、人の目ばっかり
    気にしやがって



    川上ワールド全開です。ストーリーも日本語も、こわれていそうで、こわれていない、根底に作家の眼があれば、小説は自由に書いていいという事を、教えてくれる小説です。
    読むと、面白い小説です。
    おすすめ本です。
    NO.23 女からの声 青野 聡 講談社文庫
    私の好きな本、おすすめ本のNO.7で、青野 聡の「愚者の夜」を紹介しました。
    私は、この本が好きで、10回は読み返しています。主人公の犀太とジニーが好きです。特に生き生きとしたジニーが好きです。
    この小説は、高い地点に到達している小説だと思っています。 犀太とジニーの「愚者の夜」のその後を知りたいと思い、青野聡の本を色々取り寄せましたが、続編を見つけました。
    それが、「女からの声」です。犀太は僕になり、ジニーは、日本人のナホミに変わっています。
    僕と結婚しているのに、マリワナを吸って、夫以外の男と性愛するナホミは、ジニーに間違いないでしょう。
    (青野聡さんに続編かと聞いたわけでは有りませんが。)
    僕は太り、ナホミは少しくたびれています。愚者の夜のジニーが好きで、そのイメージを取っておきたいという人は、この本を読まないでください。

    ナホミは7年前に当時の恋人とアメリカに駆け落ちして以来、僕とは1回しか会っていない。
    ナホミは、現在は、金沢で働いています。ジャズ・サックス奏者の充吉がナホミの現在の愛人です。
    僕は、画廊に勤める多美と恋人関係になり、長男の黙太郎が生まれたのに、多美との関係がうまくゆかなくなり、別居状態になってます。
    僕は久ぶりにナホミと電話で話します。

    「充吉という名前のミスターといっしょに棲んでるわけだな」
    「半分半分」
    「あんまりいい状態ではなさそうだね」
    「もちろんよ」
    「愛人だろう?大切にしなさいよ」
    「愛人なんて飽き飽き。腐るほどいるわ。あたしが必要としてるのは、齢なのね、愛人じゃなくて、男、よ。あなたわかる」
    「男の意味か?」
    「じゃなくて、愛人はいらないけど男を必要としているという、あたしの感覚」

    僕は久ぶりにナホミと会います。

    革のコートを着て肩からくたびれた革鞄を提げ、首には虹の色あいの絹のショールをさりげなく巻きつけていた。
    首から下は昔のままだったが、顔はやつれて、かなり歳をとっていた。
    化粧をしないから皺がよく見え、そのひとつひとつに痛くて苦い経験が刻まれている。


    別に、結婚していても、自分の欲求で、夫以外の男を求めて遍歴しても、悪いとは言わないよ。
    でも女の人は、妊娠するという問題が有るよね。ジニーもナホミも何回も中絶しています。
    男を求めて遍歴しても、幸せになってるようでもない。
    最初に「この人」と思う人と結婚したら、ある程度は忍耐して、二人で歩んでいく方が幸せになれるのではないでしょうか。
    自分にも、相手にも欠点は有るのだし、許容できる相手なら、許し、辛抱し、協力していかないと。
    夫婦生活は、辛抱するうちに、花が咲いてくるのではないかなあ。こんな考えは、不自然かなあ?
    こんな私の考えは古いんでしょうか。確かに、動物としての雄と雌が魅かれ合うのは、3年間だと言われてるもんね。
    人間以外の動物は、大抵、フリーセックスだから、人間だけが不自然なのかなあ?
    ジニーは犀太を、ナホミは僕を「私の男」と思っていて、子供を生むなら、この人の子供と思っているのに、
    他の男と性愛するんだよなあ。欧米人の女は、こういう女が多いのかなあ?つきあいたくないなー。
    だから、犀太と僕の心は、引き裂かれるような痛みを感じるんだよね。
    アメリカ人の女も、チャンスが有れば、浮気しようという女が多いみたいね。
    テレビの「デスパレードな妻たち」を見てても、そうだよね。
    「お母さん、お父さん以外の男と性愛するって、だいたいそれって何のためによ?って言うか信じられへん、汚くない、醜くない、気持ちわるい気持ちわる気持ちわる気持ちわる」(川上未映子風に書きました)



    ろうそくの灯に照らしだされた彼女の眼は涙に潤んでいた。
    「君は一生懸命に生きているから、きっと死んだあとは、もうこの世には還ってこないだろうね。
     祝福されて別の宇宙へ行くよ。それとも、もう一度ナホミの生をやってみたい?」
    「ああ、とんでもない。こんなだらしない女はたくさんよ。男から男へと渡り歩いて体は疲れて、髪は痛んで、
     歯も四本抜いたし、背骨だって。中絶だって。こんな罪深い女の生はもうこりごり」
    「君は立派だよ。精一杯に、本当に精一杯に男を愛している。くたびれることもなく。おれはおそらく君の
    百分の一も人を愛していないだろう。」


    夫婦生活をする灯は消えたと思っているのに、ナホミに冷たくすることはできない僕と、僕のことを「私の男」と思っているのに、
    恋の遍歴を繰り返すナホミ、そこにブルジョア夫人のイスハーン・桜と充吉がからんできます。

    僕とナホミに決着は着くのでしょうか。
    知りたい方は、「女からの声」を読んでください。
    この小説は、小説の完成度で、「愚者の夜」のような高みには到達していません。
    でも私は、「愚者の夜」の犀太とジニーのその後がどうしても知りたくて、この小説を読みました。