私の好きな本、おすすめ本

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  • NO.29 欲しいのはあなただけ 小手鞠 るい 新潮社    
    小手鞠 るいさんの「欲しいのはあなただけ」です。

    女性のかもめが主人公です。
    かもめと「男らしい人」遠藤元太との恋物語と、かもめと「優しい人」黒瀬さんとの恋物語が書かれています。
    かもめの、欲しいのはあなただけという気持ちが切なくつたわってきます。頭がしびれてくるようです。
    決して、うまい小説ではないけど、作者の思い入れというか、主人公の熱い気持ちが伝わってくる小説です。
    「優しい人」との恋は、不倫の恋です。
    私は、「男らしい人」との恋物語の方が好きです。

    19才の時、かもめが喫茶店ライラックでウェイトレスのバイトをしていた喫茶店の常連客が「男らしい人」でした。
    男らしい人は、熊みたいにみえる人だった。

    たとえばこの人になら、わたしがとても大切にしているものを取り上げられ、滅茶苦茶に壊されたとしても、
    私は決して怒ったりしないだろう。・・・・・・・・・・
    一番大切にしているものを、この無垢な獣のような人の手で、弄ばれ、蔑ろにされ、徹底的に破壊されたい、そういう願望を持った女が
    自分の中に棲みついていることに気づくまでに、それほど長い時間はかからなかった。
    かもめは大学性で、男らしい人はかもめよりも3つ年上で、そのころは大学生だったが、大学へは全く通わず、竹富商店という会社で
    アルバイトに明け暮れていた。

    あるとき、わたしは尋ねてみた。
    「遠藤さんの大学、いったい京都のどこらへんいあるの」
    男らしい人はにやりと笑って、答えた。
    「地の果てやんけ」

    ・・・・・・・・・
    「それやったら、可愛い女はこういうとき、どう答えたらええのか、教えてくださいよ」
    男らしい人はいかにも愉しげに笑った。
    「教えたる。そういうときにはな、いやや、と答えたらええのや」
    「じゃあ・・・いやや」
    「そうか。いややというのはな、京都弁ではイエスという意味なんや。わかった。
    イエスなんやな。よっしゃ、これで決まりや。あとでここまで迎えにきたるわ」


    なだめすかされ、到底できないと思っていた行為に及んでみると、終わった瞬間から、
    それはもっと執拗に、飽きるほどやってみたいと、思える行為に変わっていた。
    「せやし、言うたやろ。お前は絶対、こういうのが好きなんやて。もう一回するか。
    して欲しい言うたら、してやる。お願いやからして下さいと、言うてみろ」
    「いやや」
    「よしわかった。もっとしてやる」


    銭湯への行き帰り、わたしの胸は期待で膨らんで、膨らみすぎて、はち切れそうだった。
    部屋に戻ってから、抱かれる。躰が軋むくらいに激しく。
    喜びのあまり気が狂いそうなくらい、執拗に。私は玩具にされる。
    男らしい人がそれを望んでいる、求めている、ということが、わたしには重要だった。
    男らしい人の欲望を叶えてあげられる、欲望の対象でいられる、ということが、
    私の心を躍らせていた。その行為に耐えている、必死でもちこたえている、ということが、
    わたしにとっての快楽のすべてだった。

    愛の行為のあと、ずっといて欲しいとかもめは願うのですが、男らしい人は、
    ある事情があって、必ず、自分の家に帰っていきます。
    男らしい人とずっといたいというかもめの気持ちは、いつも裏切られます。
    欲しいのはあなただけと思うかもめですが、男のひとのきもちとズレが生じ、
    迷路にはまりこんで行きます。

    あとは、お楽しみです。この小説を読んでください。

    女の人でなければ書けない小説ですね。
    男の私には、かもめの気持ちが全くわかりません。

    それにしても、京都弁て、卑猥ですね。

    「いやや」
    「よしわかった。もっとしてやる」
    「いやや」って「いやよ」よ「いやです」より、卑猥な感じがします。

    あなたの全てが欲しいという気持ち、私には理解できません。
    年取ったからではないです。
    若いころも、欲望はあったけど、単なる欲望で、相手の全てが欲しいなんておもわなっかったなー。



    NO.30 百 色川武大 新潮文庫    
    色川武大の連作小説集。「連笑、僕の猿 僕の猫、百、永日」が納められています。
    百は、永日の続編です。百がおすすめです。百は、短編のすぐれた作品に与えられる賞の川端康成文学書受賞作です。

    96才になる私の父親は、母親と暮らしています。同じ敷地内に、別棟の家が有り、弟夫婦一家がそこで暮らしています。
    私は、別の所で、売文業をして暮らしています。
    父は老耄の症状が有り、母親との間や、弟夫婦一家とのあいだに、いざこざが絶えません。
    いざこざが有ると、私も呼ばれます。
    私がいっても、何も解決するわけでは有りません。

    私は、頭の形がいびつな形で生まれてきたので、自分が畸形に近い人間だと思っているので、劣等意識が強い。
    元職業軍人の父は、息子を同系にしうると即断し、私が命にかえても守りたいと思っている、私独特の劣等の世界に攻め込んでくる。
    何があっても私は父親の思うような人間にはならない。
    たしかに劣等ではあろうが、優等と劣等は本来別系統なので、私のごく個人的な誇りは、お前らにはどうにもならんのだ。
    他のものは残らずくれてやるが、これだけは動かせないぞ。私は内心で張りつめていて、劣等なことだけをやった。

    ごたごたが続いていきます。そこに私という人間のよって立つルールや、父親との関係が語られています。
    父親との愛憎、どの息子にとっても永遠のテーマでしょう。私にとってもそうです。


    静かに語られる短い小説ですが、深い世界が語られています。
    おすすめ本です、読んでください。

    NO.31 GO  金城一紀 角川文庫    
    金城一紀のGOです。青春小説ですが、ハードボイルド小説でも有ります。

    青春小説の主人公っていうと、庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」の薫くんみたいに、
    頭はいいが、腕力は無いという主人公が多いですが、GOの主人公の杉原は、頭は良くはないですが、
    腕っぷしが強く、闘う男です。

    杉原は、体を鍛えていて、腹筋は六つに割れています。(うらやましい。私はガリガリに痩せていて、アバラ骨が出ています)

    杉原は、在日朝鮮人です。中学校までは民族学校に行っていましたが、高校は、朝鮮学校に
    行かない事に決め、私立の男子校に行くことにしました。
    杉原が朝鮮籍だという事がばれて、杉原をぶちのめそうと、高校の生徒が次から次へと挑戦してきます。

    灰皿を、クソガキの左眉の出っ張りの部分、正確に言えば、眼窩上隆起の部分に、こするようにして
    叩きつけた。ガスッという音がした。スイートスポットに当たった音だった。
    体重を乗せた前蹴りを、クソガキの右膝の関節部分に叩き込んだ。
    足下に倒れているクソガキの腹に連続して蹴りを入れた。
    これで僕の戦績は、二十四勝無敗だ。

    友達の加藤や正一や元秀との青春の日々が書かれています。

    杉原は、オヤジが最大のライバルです。オヤジは以前、ランカーのプロボクサーでした。
    杉原は、オヤジにボクシングを教えてもらいました。
    杉原は、悪さをするたびに、オヤジにボコボコにされてきました。「オヤジを絶対倒してやる」
    杉原は、オヤジと対決する時がきました。二十四勝無敗の杉原はオヤジを倒せるのか?


    高3の杉原は、高3の女の子、桜井と知り合い、つきあうようになります。

    僕はいつも桜井の首筋にキスをしながら、背中を優しく撫でた。桜井は胸にキスをされるより、首筋に
    キスをされるのを好んだ。曲線を描くように背中に指を這わせると、桜井はいつも深くて濃い吐息を漏らした。
    そして、僕の耳に口を寄せ、何度も「好きよ」と言った。

    杉原は、桜井に、自分が在日朝鮮人だという事を打ち明けていません。
    打ち明ける日が来ました。桜井の反応は?


    とにかく心躍る、青春小説です。
    闘う男、杉原のハードボイルド小説でも有ります。
    私のハードボイルド小説の定義は、自己のプライドを守るために戦う、孤独な男の物語です。
    桜井が、とってもキュートです。
    「赤頭巾ちゃん気をつけて」の薫君のガールフレンドの由美みたいに、すぐに「舌かんで死にたい」なんて言いません。

    おすすめ本です。

    NO.32 神様 川上 弘美  中公文庫    
    物語作家 川上弘美のデビュー作です。
    くまと一緒に散歩に行き、食事を一緒に食べる話の「神様」、
    5年前に死んだ叔父さんと話をする「花野」、海底の河童の住居に招待されて河童と話をする「河童玉」
    家の浴槽で飼うことになった人魚に惹きつけられて困る話の「離さない」他、面白い物語小説です。
    川上弘美の物語世界は、暖かく、ふわふわしています。くまや河童や人魚等は、こわくもなく、禍々しくもありません。
    「蛇を踏む」に出てくる蛇もこわくはない蛇でした。
    物語展開も意表をつくものが有ります。

    川上弘美の心の底には、やさしくてナイーブで暖かい心が有ると思います。
    だから、川上弘美の紡ぎ出す物語は、やさしくて、ナイーブで暖かいです。

    おすすめ本です。

    NO.33 蛇を踏む 川上 弘美  文春文庫    
    物語作家、川上弘美の物語小説です。
    「蛇を踏む」「消える」「惜夜記」の3作が入っています。
    どの小説も面白いですが、「蛇を踏む」が特に面白いと思うので、
    「蛇を踏む」について、紹介します。

    主人公の女性はサナダさんです。一人暮らしで、仏具屋のカナカナ堂で働いています。
    カナカナ堂の主人はコスガさんで、奥さんは、ニシ子さんです。ニシ子さんは数珠作りの名人です。

    サナダさんは、カナカナ堂に行く途中で蛇を踏みました。
    蛇は「踏まれたらおしまいですね」と言って、50才ぐらいの女性の姿になって、
    サナダさんの家のある方角へ行ってしまいます。

    サナダヒワ子さんが、家に帰ると、女の姿になった蛇が、料理を作って待っていました。
    二人で料理を食べて、ビールを飲みます。
    「あなた何ですか」
    「ああ。わたし、ヒワ子ちゃんのお母さんよ」

    サナダさんが、静岡の実家に電話すると、お母さんが出たので、家にいるお母さんは本物ではなく
    やはり蛇のようだ。

    お母さんになった蛇は言います。「ヒワ子ちゃんはいつもそうやって知らないふりをするのね」


    お母さんになった蛇は、頬ずりあいながら両腕をヒワ子さんに巻きつけてきて言います。
    「ヒワ子ちゃん、蛇の世界はあたたかいわよ」
    「ヒワ子ちゃんも蛇の世界に入らない?」

    ヒワ子さんは、蛇の世界に行くのでしょうか?
    単純なストーリーの短い小説なのですが、物語作家、川上弘美の力で、迫力と魅力の有る
    小説世界が展開します。
    おすすめ本です。

    蛇になったお母さんと、ヒワ子さんの争いは、多分、母と娘の葛藤する姿の象徴ではないかと
    私は個人的には、思っています。
    娘は「わかりたくないわ」と言います。
    母は「ほらまた知らんぷり」と言います。
    母と娘って、葛藤する存在みたいですね。