私の好きな本、おすすめ本

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  • NO.34 背負い水 荻野アンナ 文芸春秋    
    今回紹介するのは、荻野アンナさんの背負い水です。

    短編の連作小説集です。
    「背負い水」「喰えない話」「四コマ笑劇百50円×2」「サブミッション」が
    載っています。
    どれも面白いですが、「背負い水」と「四コマ笑劇百50円×2」が特に面白かったです。

    自分とフィットする本ていうか、波長が合って面白い本ってあんまりないですが、
    荻野アンナさんの小説は、私の波長に合うようで、とても面白く感じます。

    「背負い水」です。
    わたしが主人公です。女性です。名前は出てきません。多分30才ぐらいです。
    中年の裕さんとオペラを観に行く話と、男のカンノとのやりとりと、彫刻家の父とのあれこれと、
    同棲相手のジュリとのあれやこれやが語られていきます。
    ジュリへの疑惑がもくもくと大きくなっていきます。

    ユーモアとウイットに富んだ会話やストーリー展開が、なんともおかしく感じられるのは、私の感性にフィットするという事なのでしょう。


    私は中年の裕さんとオペラを観に行きます。
    気が付くと、腕が熱い。わたしの左側に裕さんが座っている。
    椅子の肘掛を境にして裕さんの右腕と私の左腕が並ぶ格好になっている。
    並んだ腕と腕がいつのまにかくっつきそうに接近していた。
    腕と腕が、キスをした。焼け付くものが一気に指先までほとぼしった。
    一瞬置いて震えが来る。
    大きく身震いしそうになるのを歯をくいしばってこらえた。
    他人の体温がじわじわ浸透してくる。
    相手の呼吸が伝わってくる。腕の中に心臓が埋まっているような生生しさで。
    気がつくと彼の呼吸のリズムに自分を合わせようとしている。
    合わせようと焦っているうちに動悸が早くなってきた。
    息苦しい。百メートルダッシュの後で無理やり息を整えている感じだった。
    意志の力で心筋を動かしている。
    自分に自分で人口呼吸を施しているようなものだ。


    私はジュリとはるかの仲を疑っています。
    一種の病気と言えるかもしれない「はるか憑き」になっていた。
    気が付くとはるかちゃんの絵を描いている。
    会ったことはないからどれも想像図である。
    その日の気分によってモンローに似ていたり、バーグマン風だったりする。
    すらりとしているのだろうか。セクシーな肉付きだろうか。少年のような中性っぽいイメージかもしれない。

    はるかちゃんはわたし的でなくて、ステキなものすべて、を指すようになった。
    自分止めますか、はるかちゃんに成りますか。
    わたしははるかちゃんになろうと思った。
    心のたががことりと外れた。
    しばらく見ないうちに化粧が濃くなった、と言われるようになった。
    キレイになった、とは言われない。
    ダイエットを始めた。痩せてキレイになるはずが「やつれたね」と言われる。


    私の心にフィットする傑作です、おすすめ本です。
    自分の波長に合う小説は、大事にしたいです。

    NO.35   ZOO1 乙一 集英社文庫    
    私は、ホラーは好きでないので、ホラー小説は、あまり読みません。
    乙一という作家も知りませんでした。

    最近、本屋で、本に磁力を感じたので、乙一の本を、数冊買って帰り、読みました。
    ZOO1のSEVEN ROOMSを読んで、頭をハンマーで殴られた感じがしました。
    こんな小説があるのかと、感心しました。
    驚くべき物語構築力です。
    残酷な話なのに、読後に静かな感動が有ります。

    ZOO1には「カザリとヨーコ」「SEVEN ROOMS」「SO-far」「陽だまりの詩」「ZOO」が
    入っています。
    どれも素晴らしいですが、SEVEN ROOMSが特に素晴らしいです。
    乙一の小説は、ジャンル分けを拒否する小説だと思います。
    一般的にくくると、ホラーとかSFとかになるんでしょうね。

    「カザリとヨーコ」
    双子の姉妹なのに、ヨーコだけがなぜか母親に虐待されて・・・・・

    「SEVEN ROOMS」
    十才の弟と中三の姉が、謎の男に拉致され、部屋に監禁される。
    二人の運命は?


    「SO-far」
    男の子には、父と母が両方見えるのに、父には母が見えず、母には父が見えないようだ

    「陽だまりの詩」
    ロボットと、それを作った主人との、静かな日々が語られます。
    SFですか?


    「ZOO」
    男と女は、デートで動物園に行くが・・・

    解説は無用と思います。
    読んでみてください。
    おすすめ本です。

    文学の荒野を一人で進む、日本人作家は川上未映子か田中慎弥かと思っています。
    乙一も加えようと思います。

    NO.36   さらば愛しき女よ レイモンド・チャンドラー ハヤカワ文庫    
    私立探偵のフィリップ・マーロウが主人公です。

    大男のマロイが、銀行強盗で捕まって、刑期を終えて出てきました。
    昔の女のヴェルマを探しています。
    マーロウはマロイと一緒に酒を飲んでから、色々な事件に巻き込まれていきます。
    途中で、かなり話がこみいってきますが、そこはレイモンド・チャンドラー、話が破たんすることは有りません。
    女が殺されたり、悪徳警官が出てきたり、神経病医が出てきたり、暗黒街のボスが出てきたり、
    にぎやかな話が展開されます。

    マーロウは、しょぼくれた探偵で、呑兵衛です。
    格闘にも強くなく、よく殴られて、失神します。
    ピストルを撃つ腕も良くはありません。
    悪徳警官に殴られて失神して、怪しい医師の病院に入院させられて、麻薬を打たれたりします。

    心が折れてしまいそうなマーロウ。
    しかし、最後の一線でマーロウは踏みとどまります。
    そして、できることをしていきます。
    命が危険な事は知っていますが、貧弱な心身で、前に進んでいきます。
    最後に守りたいものは、自己の誇りと、間違っていると思う事を許さないという気持ちでしょう。
    ここが、ハードボイルドの神髄です。


    アン・リアードンは立ち上がって、私の前に来て、言った。
    「ほんとうにすばらしい方ね」
    「勇気があって、どんなことがあっても後ろへは退かないし、わずかばかりの報酬で
    生命がけの仕事をするのね。頭を殴られて、咽喉を締められても、からだをモルヒネだらけにされても、
    相手がへとへとになって音をあげるまで、タックルとエンドのあいだを何度でも突破しようとするのね。
    ほんとうにすばらしい人だわ」

    「わかったよ」と、私は大きな声でどなった。
    「ほめているのか、からかっているのか?」
    アン・リアードンはいった。
    「わかんないの。あたし、接吻してもらいたいのよ」

    私の好きな探偵です。
    おすすめ本です。

    NO.37   母と子の契約 青野 聡  河出文庫    
    青野 聡の小説は、面白い小説が多いです。
    私は、「愚者の夜」が一番好きですが、「母と子の契約」は二番目にも好きです。
    三番目に好きなのは、「女からの声」です。
    四番目に好きなのは「母よ」で、五番目にすきなのは、「人間のいとなみ」です。

    海野羊は小学校2年生だ。
    兄は松王、姉は江美だ。

    子供達の家に、継母の出雲がやってきた。
    出雲は、羊の父親、西介の本妻だ。
    西介は妾の松江との間に3人の子供を設けたが、20年間、
    その事を出雲に告げずにだましていました。
    松江は羊が2才の時に病死します。

    その事を知って、同居を始めた出雲は怒ります。
    継母との同居が始まりましたが、女どうしという事で、出雲と江美がぶつかります。

    「そこをどきなさい。わざと立ちはだかってあたしにいやがらせをするんだな」
    「このあたしをなんだと思ってる、この家をなんだと思ってる、妾の子があ。
    いいか、おまえたち3人は人の情けでこの家においてもらってるんだ」

    「わかんないならわからしてやろうか、このあばずれ」
    「凄い言葉を使うのね。江美のどこが悪いの、言ってください」
    「言ってやるよ。だけど本当にわかんないのか、しらばっくれてるだけなんだろう」


    お姉さんは、耐えきれなくなり、家を出ていきます。
    お父さんも、おろおろするばかりで、力をかしてくれません。

    お姉さんがいなくなった後は、母の怒りは羊に向かうようになった。
    おつかいや掃除を命じられて、掃除の仕方が不十分だと、毒のある言葉と平手打ちがとんでくる。
    もっとひどい時は、縁側から突き落とされる。

    荒れ方が異常だったときは、羊に息を殺してからうしろから近づいてくる。
    「反省したかい?」
    「はい」
    のしかかるようにかぶさってぎこちなく抱きしめると、羊の顔を胸の谷間に押し付ける。
    「堪忍しておくれよ、おまえが憎くてやってるんじゃないんだから。
     本当はお母さんは優しい優しい女なんだよ、ね、羊ちゃん、ゆるしておくれかい?」

    お母さんは抱くのが下手で、羊は抱かれるのが嫌いだった。
    圧迫され、鼻をぺちゃんこにつぶされ、それでゆるしてくれと言われても、
    生きた心地がしない。

    この小説は、多分、私小説だと思います。
    継母に育ての恩は、とても感じているという青野聡ですが、
    この小説の出雲は、迫力満点の恐い女に描かれています。
    こんな継母と暮らしたとは、青野聡も苦労したことでしょうね。
    継母が青野聡が一番好きで、可愛がったのは、本当の事のようですが。
    NO.38   冥途めぐり 鹿島田真希  河出書房新社    
    奈津子は、幼い時に両親と弟と4人で出かけた高級リゾートホテルに、夫の太一と
    久しぶりに出かけることにしました。
    その高級リゾートホテルは、今では一泊5千円で宿泊できる、区の保養所になっています。
    太一は病気で、歩行が不自由になっています。
    このホテルをめぐることは、昔の幸せな頃の事を、思い出す旅、冥途めぐりです。


    母親は父親と結婚した時、祖父がお金持ちであり、また父親のかせぎがよかったので、
    裕福な生活ができたので、幸せな生活を送った時期もあったのですが、
    祖父が死に、父も死んで、没落してしまいました。
    母と弟は、昔の世界に生きていて、奈津子にたかり、搾取します。
    母親は、奈津子は、金持ちの男と結婚すると思っていたのですが、
    区の職員で、金持ちでない太一と結婚すると聞いて、失望します。

    太一も奈津子と結婚したので、母親と弟から搾取されるはずでした。
    しかし太一は病気で歩行が不自由になり、働けなくなります。
    奈津子が働いて、生活を支えます。

    救いが無いような奈津子の生活ですが、彼女にとっての救いとは?

    ストーリーだけ追うと、この小説の凄さと、深い味わいがわかりません。
    深く美しい世界が描かれています。
    是非、読んでください。

    私の好きな本で、おすすめ本です。