エーゲ海に捧ぐ

エーゲ海に捧ぐ
「エーゲ海に捧ぐ 池田満寿夫 中公文庫」

画家の池田満寿夫だから書けた、小説の制約や文法から全く自由な小説です。
驚くほど、普通の小説の地平から遠いところにいる小説です。
読むとビックリする小説ですが、若々しいエネルギーを感じる小説です。
いつまでも新しい小説です。
ストーリーは有りません、この小説には。


トキコという妻のいる男の私は、イタリア女性のアニタを愛人にしています。
サンフランシスコに来ていて、裸のアニタを、女性カメラマンのグロリアがアニタを撮影しています。
私はそれを見ています。

妻のトキコが、日本から電話をかけてきて、私はその話を延々と聞いています。
時々、私が独白します。

アニタとグロリアは、一言も喋りません。
驚くべき小説です。

地中海的明るさの中でアニタの地中海がバラ色に染まって停泊している。
不思議なことにアニタがこっちを見て笑っている。
拡げっぱなしの彼女の地中海までが港を開閉しながら笑っている。


−解っていることを解りきった風に言うのが愛よ。つまらないことだけど、つまらないことが
 一人の人間を救うんだ。わたしは実にわかりきったことをあなたに言ってちょうだいとお願いしているに
 すぎないのよ。トキコがあなたにお願いしているのよ。それも解らないの。それもくだらないの?
 わたしはあなたの妻よ。あなたにとって大事なのはいつもそばにいるオンナなんだから。
 オンナのおしりだけ眺め、オンナのあそこだけさわり、種馬のようにいきりったっていればいいんだ。


アニタ!トキコは私にオンナがいると言っている。金髪の女だと思い込んでいるらしい。
トキコにとって外国のオンナとは青い目をし、金髪で、八等身でなければならないらしいのだ。
アニタはそうではない。


−オンナがいなければ、あなたは1年以上も外国におれるはずがないじゃないの。
二か月だって一人でおれる人ではない、とトキコは言っている。
アニタが尿道炎にかからなかったのが不思議だ。だからトキコの病気はオレの責任ではない。

この小説が芥川賞に決まった時、とてもついていけないと言って、選考委員をやめた作家がいたような記憶が有ります。
定型にこだわる作家には理解できない小説でしょうね。
私の好きな本で、おすすめ本です。


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