小池真理子の恋愛小説のおすすめ本を紹介します |
小池真理子の恋愛小説のおすすめ本を紹介します。 面白い小説です。 小池真理子の小説は、風景描写や人物描写が精密で、読者も作中人物と 同じ所にいるような気分になります。 |
NO.1 恋 小池真理子 新潮文庫 | |
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主人公の女性は矢野布美子です。 1970年代の学園紛争が盛んだったころが、小説の舞台です。 大学1年生だった布美子は、唐木という学生活動家と同棲しています。 布美子は、大学教授の片瀬信太郎の翻訳の手伝いをするアルバイトを始めます。 信太郎は、元子爵の娘の雛子と、駆け落ち同然の結婚をしています。 信太郎は33才で、雛子は26才です。 信太郎と雛子には、秘密があります。雛子が不倫相手を作り、関係を持っても 信太郎はそれを許します。雛子もオープンにそれを言います。 布美子が信太郎と関係を持っても、信太郎は雛子にそれを言い、雛子は怒りもしません。 布美子は、段々と、信太郎と雛子を愛するようになっていきます。 実に奇妙な愛の形です。 唐木が学園闘争で逮捕されたのを契機として、唐木とは別れます。 雛子は、25才の大久保勝也に恋をします。 それまでの数人のセックスフレンドとは違い、大久保勝也には、本気の 恋をしてしまいます。 プラトニックな本当の恋をしてしまいます。 そのため、信太郎と雛子の関係、雛子と布美子の関係がおかしくなります。 布美子は大久保勝也を憎むようになります。 布美子は、信太郎と雛子の間の秘密を聞かされます。 布美子の心は、沸騰して、物語は軽井沢の別荘での悲劇に向かって走っていきます。 どのような悲劇が起こるのでしょうか? 小池真理子の、「恋」の素晴らしい文章を数点、以下に紹介します。 「二階に行こう」信太郎が弾む吐息の中で言った。 部屋の窓は開いていた。夜風がレースのカーテンを揺らしていた。 シーツには雛子の香りがしみついていた。 私は取り乱しながらも信太郎を受け入れ、喘ぎ声をあげ、あげくに自分でも どうしようもなくなって、烈しくすすり泣いた。 私は首に回された彼女の手を静かに撫でた。 「どうしたの?雛子さん」 「どうしたのかしらね。何か変なのよ。三日前からずっと、あの人の ことを考えてるの。どこの誰かもわからない、っていうのに。 それでもおかまいなしに、ずっと考えてる。 考えてるうちに、胸が熱くなってくるの」 信太郎は、雛子の前に立ちはだかった。 「どこに行ってた」 雛子はふてくされたように彼から目をそらした。 「福島さんと会った後、彼に会いに行ってたのよ」 「彼?誰のことだ」 「わかっているくせに」 「わからないね」 「いい加減にして」雛子は天を仰いでため息をついた。 「連絡もしないで遅くなったのは悪かったわ。でも、勘弁してよ、信ちゃん。 そんなふうに絡まれると、いくらなんでもうんざりしてくるから」 「うんざり?それはこっちの言うセリフだろう」 雛子が目をむいた。「どういうこよ?私のどこが、そんなに信ちゃんをうんざりさせるのよ」 「全部だよ」信太郎はあけすけに、嘲るような口調で言った。 「あの男に会うためだったら、手段を選ばなくなる。平気で嘘をつく。そんな君がうんざりだと 言っているんだ」 雛子が大久保に一途に求めていたのは、彼の肉体ではなく、精神であった。 精神。目に見えないもの。形のないもの。そのくせ変幻自在で、まとまりのつかないもの。 肉体に比べて、常に高尚な役回りを担っているもの。 そんなものだけを求めるなど、不潔な行為としか思えなかった。 汚らわしかった。貪欲に肉体を求め、快感を求め、性に溺れていく人間のほうが、はるかに清潔だと 私は思った。 信太郎以外に、千人の男を相手にし、嬉々としている雛子は聖女だった。 だが、たった一人の男に魂をまるごと預けようとする雛子は淫売も同然だった。 私は聞いた。「もう先生のことは愛していないんですか」 雛子はため息をついて、炬燵の上で私の手を握った。 「それはふうちゃんに関係のないこと。そんなこと、ふうちゃんは なにも心配する必要はないでしょう?」 「答えを知りたいんです」私は低い声で言った。 「もう先生のことは愛してないんですか」 雛子は気の毒そうな目で私を見つめ、かすかに瞬きをした。 「愛の中身が違うの。わかって、ふうちゃん」 素晴らしい恋の小説です。 雛子が大久保勝也に本気のプラトニックラブをしたために、 信太郎と布美子は深く傷つきます。布美子は大久保勝也を 憎むようになります。 布美子の頭の中で大久保勝也さえいなければ全てがうまくいくとの思いが広がり、 悲劇に向かって走ることになります。 命を懸けるほどのプラトニックな恋って、私には経験がないです。 そんなに人が好きになるって、あるんでしょうか? |
NO.2欲望 小池真理子 新潮文庫 | |
主人公の女性は青田類子です。 青田類子と、安藤阿佐緒と、秋葉正巳は、中学の クラスメートでした。 秋葉正巳はクラスの人気者でした。 阿佐緒は勉強はできないのですが、色気が有る女性です。 ピアノ演奏が得意です。 高校生の時に、正巳はトラックにはねられます。 それが原因で、肉体的な不能になってしまいます。 青田類子は、私立大学の文学部を卒業します。 私立大学の演劇部に所属して、1年上の大熊剛と恋人になり、 関係を持ちますが、やがて別れます。 図書館司書の資格を取り、私立の女子学園の図書館司書を始めます。 私立の女子学園の世界史の教師の能勢と知り合います。 能勢は6才年上の妻子ある男性です。 類子と能勢は、不倫関係になります。 類子と能勢の関係は、精神を介さない、肉欲だけの関係です。 27才の阿佐緒は、自分の親ぐらい年齢の離れた、58才の精神科医の袴田と結婚します。 袴田は、金持ちで、三島由紀夫邸とそっくりな家を建て、そこで 阿佐緒と、使用人の男の水野と、その妻の初枝と暮らします。 正巳は、阿佐緒のことが好きですが、肉体関係は当然持てません。 頭の中で、阿佐緒に対する妄想をふくらませます。 青田類子は、能勢と肉体関係を持ちながら、正巳とも付き合います。 正巳との関係は、プラトニックな関係ですが、類子は、正巳のことを 愛しています。 能勢と関係しながら、頭の中では正巳のことを考えているという具合です。 阿佐緒は子供が欲しいのですが、袴田はセックスしてくれません。 阿佐緒は、袴田と水野初枝の関係を疑い、妄想をふくらませます。 そして事件がおこります。 どんな事件でしょうか? 類子は能勢と別れて、正巳だけとつきあうようになります。 類子は正巳を誘って、小浜島へ旅行に行きます。 そこで事件が起こります。 どんな事件でしょうか? 小池真理子の「欲望」から、素晴らしい文章を下記に数点、紹介します。 能勢が後ろ手にドアの鍵をかける。狭い玄関で、いきりたったような視線が交錯する。 私たちは、目だけで、互いがむきだしの本能に溺れたがっていることを確認しあう。 能勢がいささか乱暴な手つきで私の腰を抱き寄せる。 しして、歯をたてんばかりに、私の首筋に唇を這わせ、同時に乳房を愛撫しながら慌ただしげに 靴を脱ぐ。 私の身体が能勢に包みこまれる。頭の中で花火が砕け散る。 身体全体が暗い夜の海に飲みこまれていくような感じになる。 そもそも私は能勢のことを何も知らなかった。さほど知りたいとも思わなかった。 正巳のことは、何ひとつ、余さず知りたいと願ったというのに。 正巳が意味もなく思い浮かべた情景、正巳の中をふとよぎった不可思議な感情、 説明のつかないあらゆる気分ーーー何もかも知りたいと思ったのだ。 「類子」と正巳は囁いて、ふいに片手で私を胸元に抱き寄せた。 「きみが好きで好きでたまらない」 突然のことだった。驚きも何もなかった。私はされるままになっていた。 短い、呆気ない抱擁だった。足が大きくもつれた。 彼は私をもう一度、強くささえ、「危ないよ」と言って笑った。 能勢との肉のつながりが以前と変わらずに続けられ、逃れられない袋の鼠のようになればなるほど、 反比例するかのようにして、私は正巳を求め、必要とし、恋い焦がれるようになった。 よく晴れた5月最後の日曜日だった。真夏を思わせる日差しの中、阿佐緒はいつにも増して美しく、 若く、いきいきとしていた。 居合わせた人々が示し合わせたように、密かに感嘆のため息をついたのは、私の知る限り、 ブリティシュ・グリーンの珍しいスポーツカーにではない。彼女に対してであった。 私は彼の呼吸がおさまるのを待ってから、そっと彼の身体に自分の身体をすり寄せた。 何を言えばいいのか、わからなかった。何を言っても嘘になる、と思った。 だが、嘘だと思われてもかまわない言葉がひとつだけ残されていた。 私はかまわずにそれを口にした。 「あなたを愛してる。もう、あなたのことしか考えられない」 彼の横隔膜が大きく動いた。切れ切れの吐息が鼻孔から吐き出された。 すまない、と正巳は言った。 私は、太ももの上を這いずりまわる能勢の手を握って、「あのね」と言った。 「私、好きな人ができたの」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「誰よりも好きな人よ。でも、彼が愛しているのは私じゃない、他の人なの」 私はそう言った。能勢は黙っていた。私はその横顔を盗み見た。彼は無表情だった。 いかがでしたか、恋する人間がうまく表現されていると思います。 小池真理子の小説は、細部まで細かく描かれているのに、内容が頭にすっと入ってきます。 小池真理子の作家としての力がすごいと思います。 小池真理子は、しんそこ男が好きだと思います。 だから、こんなに素敵な恋愛小説が書けるのだと思います。 |
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NO.3無花果の森 小池真理子 新潮文庫 | |
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主人公の女性の新谷泉は、38才です。 映画監督の48才の新谷吉彦と結婚しています。 夫の身体と心のDVに耐えられなくなって、 家出して、岐阜大崖に逃げていきます。 「長ねぎ」と彼は低い声で言った。 「納豆にまぜる長ねぎは、細かく刻め、と何度も言ったろう」 不穏な空気を察しながらも、泉はにこやかに笑いかけ、冗談めかして言った。 「わかってるけど、ちょっと急いでたもんだから。でも食べちゃえば 一緒じゃないかと思うけど」 「何度も頼んだよな。細かく刻んでくれ、って」 「もちろん、そうだけど・・・・・」 「だけど、何なんだよ。言ってみろ」 「ごめんなさい。でも、急いで刻んでこうなっただけで、別に・・・・」 彼は一瞬、押し黙った。彼の両目が大きく見開かれた。 怒りにかられた凶暴な猿のような目だった。 次いで彼は、両手の平でダイニングテーブルを烈しく叩きつけた。 テーブルの上の食器がバウンドした。 「俺をなめてんのか」 家出した行き先は誰にも告げていません。 高田洋子という偽名を使って、画家の天坊八重子の お手伝いとして、住み込みで働くことになります。 天坊八重子は80才です。 新谷泉は、食事を作ったり、天坊八重子の身のまわりの 世話をします。 新谷泉と母親と姉は、父親から暴力を受けた過去がありました。 それなのに、新谷泉は、自分に暴力をふるう男と結婚してしまいました。 新谷泉は、以前に「週刊時代」の記者の塚本鉄治に取材を申し込まれて、 断ったことがあります。 天坊八重子と新谷泉が、八重子の友人の、おかまのサクラが岐阜大崖で やっているバーの「ブルーベルベッド」に遊びに行きます。 そこで、新谷泉は、塚本鉄治に再会します。 塚本鉄治は、ヒロシという偽名で、給仕として働いています。 塚本鉄治も、世間から身を隠す必要が有ったのです。 その理由は何だったのでしょうか? 新谷泉は塚本鉄治と日曜日毎に、塚本鉄治の住むマンションで会って喋るようになります。 そして二人は深い仲になります。 次の瞬間、鉄治は泉を抱き寄せた。 坐っていたスツールが、危うく倒れそうになるほどの勢いだった。 泉は身体を彼に預けながら、彼の腕にしがみついた。 接吻が始まった。 互いの口の中をかきまわすような、烈しい接吻だった。 彼方の空で響いていた雷鳴が、どんどん近づいてくるのがわかった。 泉の胸で大きく鼓動し続ける心臓の音、鉄治の心臓の音、 耐えきれずにもれ出してくる互いの喘ぎ声が、雷鳴の音の中に 吸い込まれていった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ だが、ベッドでは、一切が沈黙の中で進められた。 互いにひと言も発しなかった。 営みだけが、気が狂ったように深く熱く、続けられていった。 あらゆる言葉を束ねたかのような視線が、互いを貫いていった。 言葉は不要だった。 二人が塚本鉄治の部屋で会っているところへ、サクラがやってきます。 二人の関係がサクラにばれてしまいます。 二人はどうなるのでしょうか? 新谷泉と塚本鉄治は、車で琵琶湖にピクニックに出かけます。 塚本鉄治の下した決断とはどのようなものでしょうか? 自分は悪いことは何もしていないと思うのに、いいがかりをつけられ、 言葉と体の暴力を受けるDV。 苦しいですよね。 そういうDVについて、この小説に、書かれてあります。 |