中村航のおすすめ本

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    中村航は、静かで美しい青春小説を書く作家です。
    平易な言葉で書かれていますが、心に静かに入ってくる小説です。
    「リレキショ」と「夏休み」を紹介します。



    NO.1リレキショ 中村航  河出文庫


    静かで美しい青春小説です。
    良い小説を読む喜びを感じさせてくれる小説です。

    主人公の男は、19才の半沢良です。
    拾いものの名人のお姉さんの半沢橙子に
    拾われて、弟として同居することになりました。
    家の近くのガソリンスタンドで夜にアルバイトをするために
    リレキショを書きます。

    趣味、特技は、「護身術」と「アイロンがけ」
    志望の動機は、「家から近いところで人の役に立ちたいから」

    「いい」と言って姉さんは、僕の頭に手をのせた。
    「大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵のことは
    上手くいくのよ」

    橙子姉さんは、エンジニアと結婚したが、浮気をされて
    1年半で離婚しました。

    橙子姉さんは、女性の山崎さんと親友です。

    浪人生の女性の漆原玲子は、夜中にガソリンスタンドで働く半沢良の
    姿を双眼鏡で見ます。
    原付バイクでガソリンスタンドにやってきて、半沢良に手紙を渡します。
    手紙には、夜中の三時半ぐらいにこちらに向かって合図をしてほしいと
    書いてありました。
    半沢良は、それから毎日、夜中の3時半に、ストレッチと体操をするように
    しました。
    半沢良と漆原玲子の関係は、どうなっていくのでしょうか?

    山崎が海の家でヤキソバ作りのバイトをしている時に、半沢橙子が
    ヤキソバを買いにきて、橙子が山崎を見つめ、山崎を拾って、
    二人は友達になったのでした。

    平易な言葉で、静かで美しい青春の物語が語られていきます。

    会話が素晴らしいです。
    例えば、下記です。

    山崎と橙子が話します。
    「わかるわ。私も便所で煙草を吸う時は高校時代を思い出すわよ」
    「ちょっと。私にはそんな青春はないわよ。私は自分の部屋でこっそりと
    吸ってたの。」
    「自分の部屋・・・」
    山崎さんは三分の一の長さになった煙草を、勢いよくもみ消した。
    「わかった。じゃああれだ。青春の一服。えー、はじめての告白前に
    落ち着け落ち着けって自分に言い聞かせながら一服。
    だけどフラれて哀しみの一服。
    別の先輩からラブレターをもらって、よっしゃーって復活の一服。
    初デートから帰ってきて、とりあえず一服。
    手を握った記念にも一服。
    初キス後にも一服。
    彼の手が胸までのびてきてあたしどうしようの一服。」
    僕と姉さんは同時に吹き出した。
    「ちょっと。ひとの青春を勝手にいじらないでよ」

    半沢良と漆原はデートします。

    彼女の横顔には清らかな集中力と、全方位型の好奇心が
    宿っていた。
    彼女は輝くそれらを惜しみなく発散していた。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「お茶でも飲みましょう」
    ウルシバラがまたお茶を注いでくれた。
    夜に響くこぽこぽという音。
    熱い湯気。一口飲んだ時に香るさわやかな風味と、
    胃に落ちる熱さ。
    全てが計算され尽くした夢のようだった。

    当たり前のことだけど、それは丸めるのも燃やすのも簡単なただの
    紙だった。
    だけどそれは期待と好奇心にあふれ、あらゆる可能性を秘めた生命体
    のようにも思えた。
    またそれは、ひとつの小宇宙のように完結もしていた。
    終わりの始まり、そんな紙だった。

    静かで美しく、またなにかなつかしくなるような小説です。
    平易な言葉で物語は語られますが、中村航の感性が
    いたるところで、光っています。
    会話も素晴らしいです。
    おすすめの青春小説です。(H.P作者)





    NO.2 夏休み 中村航  集英社文庫     
    青春小説の名手の中村航が書いた、さわやかな青春小説です。
    さわやかで、感動的な小説です。

    主人公は、男のマモルです。
    製品の技術マニュアルを作成することが、
    マモルの仕事です。
    都民住宅の抽選に当たったので、恋人のユキと結婚して
    一緒に暮らすことにします。ユキのお母さんと同居することにします。
    ユキのお父さんは、ユキが小さいころに心臓の病気で亡くなり、
    ユキのお兄さんも、高校生の時に、肺の病気で亡くなります。

    ユキの友人の舞子も、マモルとユキが結婚したと同じ時期に
    吉田くんと結婚します。

    吉田くんの趣味は、カメラを分解してから、組み立てることです。

    吉田くんが、「10日間ほど留守にします。必ず戻ります。
    心配しないでください」という書置きを残して、家出しました。
    マモルとユキと舞子が、吉田くんを探す旅にでます。
    見つけることができるのでしょうか?

    吉田くんと舞子さんの関係をどうするかを、吉田くんとユキが
    アクションゲームで対戦して決めることになります。
    舞子さんは、ゲームが苦手なので、ユキが代打ちします。
    吉田くんが勝てば、結婚を継続する、ユキが勝てば、
    吉田くんとユキは離婚です。どうなるのでしょうか?

    ストーリーを追っても、この小説の魅力は伝わりません。
    一つ一つのエピソードや会話が素晴らしく、話に引きずりこまれます。
    是非、読んでください。
    少しだけ、以下に紹介します。


    三時になると、僕らは一緒にお茶を飲んだ。
    ママはよどみない手順でお茶を入れる。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    視線は手元の茶器に固定され続ける。
    わびさびとは異なる、没頭という流儀。
    その流儀により入るのは、湯飲みの底が見えないほどの
    濃い煎茶だ。
    この人の淹れるお茶は素晴らしく美味い。
    本人にもそのことを伝えてみた。
    お茶を淹れながらこの人は、ほほほほ、という感じに笑った。

    マモルでない男が、ユキに結婚を前提とした付き合いを
    申込みます。
    その男をとるか、マモルをとるか、
    ユキは最後にママに相談した。僕ら二人の写真を並べて。
    「どっちの人がいいと思う?」
    ユキは賭けたのだ。自分の選択に付加価値を与えるために。
    彼にもフェアに機会を与えるために。
    これは”ママに訊く”という、質の高い勝負なのだ。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「私はこっちの人のほうがいいわ」
    そう言って、ママは一方の写真を指さした。
    「筋肉とかそういうものに囚われてはダメよ。
    本当に健康な人はスポーツなんてしないんだから。
    色白でやせてて、風邪?そういえばここ何年もひいていないな、
    なんて人が一番長持ちするのよ」
    ママは長く温め続けた持論を展開した。
    なにより大切なのは長持ち、すなわち長生きすることだった。
    ママはマモルを選んだのでした。

    朝食が美味しいということは、それだけで人生の半分は成功なのだ。
    そのことは僕が結婚して初めて気づいた、揺るぎない事実だった。
    ここにも一人、それを実践する男がいる。
    「朝ごはんは毎日、吉田くんが作るの?」
    「いや、きっちり一日交代です。だんだんどっちが美味しく作るか
    勝負みたいになってくるんですよね」
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「ごちそうさまでした」
    吉田くんへの感謝と敬意をこめて、深々と手を合わせた。
    「朝食が美味しいってことは、それだけで人生の半分以上は
    成功ってことだよ」


    「マモルさんはユキさんのどこが好きなんですか?」
    「は?」
    湯面から首だけ出した吉田くんが、にこにこと僕を見つめている。
    「馬鹿じゃねーの」と、僕は言った。
    うははははは、と吉田くんが笑った。
    「お前は舞子さんのどこが好きなんだよ?」
    「僕はですね。なんと言っても丸いほっぺが好きですね」
    「馬鹿じゃねーの」
    ばしゃ、と吉田くんの顔に湯をかけた。


    僕は頭をフル回転させる。
    今まで僕の進んできたちんけな道の前に、ユキたちの唱える
    フェアネスが立ちはだかっていた。
    それは初めて目にする巨大な壁だった。
    内緒の通用門を探したが、そんなものはどこにもなかった。
    その壁には、僕の今までの方法が通用しないのだ。


    前回に紹介した「リレキショ」も同じですが、
    平易な言葉で、すがすがし、くさわやかな物語が語られていきます。
    しかも、エピソードが面白く、登場人物達が、イキイキと動いて、
    会話しています。
    すぐれた小説は皆そうですが、物語の中で、息をして動いているようです。
    一見、簡単そうに思えるかもしれませんが、
    このような物語を作るには、相当の力量がないと作れません。
    また、作者のキラリと光る感性が、随所に感じられます。
    おそるべし、青春小説作家の中村航と思いました。
    私は、青春小説は、高校時代に出会った、庄司薫の
    「あかずきんちゃん、気をつけて」が大好きなのですが、
    中村航の「夏休み」と「リレキショ」も、同じぐらいに好きです。

    山崎ナオコーラの「人のセックスを笑うな」を読んだ時も、同じことを
    思いました。
    平易な言葉で語られていて、簡単に書けそうなこの物語を、
    実際に書くには、大変な力量を要すると思いました。
    自分で小説を書いてみると、中村航や山崎ナオコーラの小説の
    すごさがわかるというか・・・・・

    私の好きな本で、おすすめ本です。(H.P作者)