すてきな詩をどうぞ

すてきな詩を読むことは、心をゆたかにしてくれると、私は思っています。

詩を集めた本「すてきな詩をどうぞ」には、多くの美しい詩が入っています。

「すてきな詩をどうぞ」  川崎洋  ちくま文庫
その中から、吉野弘さんの、「祝婚歌」と牟礼慶子さんの「すばらしい海」を紹介します。

祝婚歌  吉野弘

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で
風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい



すばらしい海  牟礼慶子

それから山 それから海 それから畑
それから神話の中の松林をとおりぬけ
何というはるかな道程ののちにそれはあったろう
ゆくてはいちめんの青草だと見せて
生きもののような道が傾斜しつくすと
不意に途方もない大きさで端坐した海

家一軒 もみの木一本所有しない
あんなゆたかな空しさを
また明日の方まではこび続けるつもりだ
今もものいわず
かもめの羽にかくれては
駄々っ子のゆうぐれを無心にあやしている

記憶の波を
一枚ずつ沖の方へ押しやりながら
弓なりの浜を帰ってくる
その足もとの定まらない砂の下から
うしろざまにかけて行って
遠い波の下へ沈んでしまうすばやい海

忘れても他人のまねなどせず
どんなに徒労に見えても
自分の道だけを熱心に往復する
海には海の方法がある
楽しげにさざめき空に向かってはじけている海の
そのほんとうの声を聞きわける者はない

あきらめるわけではないが
背中を向けて足早に去って行く
だが心だけはいつも海に寄りそって立っている
私にとって今 何が大変で何がやさしいのか
どこまでが正しくてどこからが悪いのか
しまいには誰が近くて誰が遠いのかさえわからなくなる

無理だろうか
あなたの胸からも
あどけない潮騒をききたいのだ
おろかしいことだろうか
私は死ぬまでに一度
そのひろいふところに溺れるほど揺られてみたいのだ

心から望むのは
あなたの海がみかけよりずっと大きなうつわであり
あふれてもあふれても私をいれる深い盃であるように
そして私は
あなたの分を十年先まで浸している愛
愛よりももっと確かにみちてくる潮であるように



いかがでしたか、この詩は?
吉野さんの詩も好きですが、牟礼さんの詩が私は好きです。
心に沁みる愛の詩だと思います。
私の海が、あふれてもあふれてもあなたを入れる深い盃だといいのですが。


おすすめ本です。


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