吉田修一のおすすめ本

  • 私の好きな本、おすすめ本のH.Pへ
  • 吉田修一のおすすめ本を紹介します 緊張感がある様々な物語を展開する、吉田修一の作品を紹介します。




    NO.1熱帯魚  吉田修一  文春文庫     


    文春文庫の「熱帯魚」には、短編が3編収録されています。

    「熱帯魚」、「グリーンピース」、「突風」です。
    「熱帯魚」と「グリーンピース」を紹介します。


    [熱帯魚]
    主人公は大工の大輔です。
    弟子上がりして、丁稚の高志と組んで仕事をするようになりました。

    真美と真美の連れ子の小麦と、腹違いの弟の光男と一緒に暮らしています。
    真美と大輔は、籍は入れていません。
    真美はスナックの雇われママをしていました。
    スナックの客だった大輔が、真美を口説いて、スナックをやめさせて、
    一緒に暮らすようになったのです。

    大輔達が暮らしている3LDKのマンションは、大学の先生をしている時先生が
    投資用に買ったマンションです。大輔は、そのマンションを月2万円という
    格安のお金で貸してもらっています。

    光男は、大学を出たあと、定職につかずに、ぶらぶらしていたので、大輔が
    引き取りました。
    建設現場の丁稚にしましたが、全く使えずに、辞めてしまいました。
    それからは、家でぶらぶらしていて、熱帯魚の水変えをしたりしています。
    光男の夢は演劇をやる事です。

    大輔は、新築の家を建てる工事をしています。
    その家主の娘で、14才の律子と大輔は親しくなります。
    新築の家の中で大輔は律子と関係しようとします。
    律子のタバコが原因で、火事になってしまいます。
    大輔は、棟梁から、ぼこぼこになるまで殴られます。
    大輔はどうなるのでしょうか?

    光男は、大輔がもらったボーナス50万円と真美がためた50万円を盗んで、
    逃亡します。
    光男はどうなるのでしょうか?


    「十四 ってことは中学生?」
    「そう中三  ねえ、さっきの女の人、奥さん?」
    「なんで?」
    ふと気づくと、律子の太股が大輔の太股にぴったりとくっついていた。
    気のせいかと思い、何気なく押してみると、ちゃんと同じ力で押し返してくる。
    大輔は「イヤなら言えよ」と顔に書いたような表情で、
    額に落ちた律子の濡れた前髪を、自分でもじれったくなるほどゆっくりと指で掻き揚げた。


    現場仕事を辞めた光男は、その後も二、三別の仕事を捜して働いた。
    しかしそのたび、大輔の頭には仕事場で馬鹿にされる光男の姿が過ぎり、
    「そんなの男がやる仕事じゃねぇ」とか、「もっと実入りのいい仕事に変えろ」と、
    つい文句を言い出して、言っているうちに自分で自分の言葉に興奮し腹を立てた。
    そんな夕食が三日も続くと、光男は自分から仕事を辞めてしまった。


    光男の部屋には、真ん中にきちんと三つ折りにされた布団があった。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    仕方なく、部屋を出ようと立ち上がると、ドアの内側に「大輔へ」と書かれた
    紙が貼ってあるのに気がついた。
    大輔はすぐにその紙を引っ手繰った。
    『本当に悪いと思ってる。でもここにいたんじゃ、お前が邪魔でおれは前に進めない』
    紙にはそう書いてあった。もう一度、大輔はその文章を読み返した。
    そして、「なんだ、これ」と首を捻った。


    ストーリーを追っても、吉田修一の小説の魅力は伝わりません。
    文章を読んで、その心理描写や会話のたくみさを味わってください。


    [グリンピース]
    主人公の草介は、失業していて、求職中です。
    池袋のマンションに住んでいます。
    2年間つきあっている恋人の千里は、荻窪のマンションに住んでいます。

    鷹野とその恋人の椿さんのカップルと、草介と千里のカップルは
    一緒に食事に行ったりする、親しい間柄です。

    草介が千里のマンションに行きます。
    ちょっとした感情の行き違いから、草介が千里の顔に
    グリーンピースを思い切り投げつけます。
    「やめて」と言う千里に「お前が出ていけ」と草介が言うと、
    千里は出て行き、帰ってきません。


    千里が抱いてくれというので、抱いたと、鷹野が草介に
    電話で報告してきます。鷹野はあやまります。
    鷹野は千里を抱いたことを、椿さんにも言って、あやまります。

    草介は椿さんを誘いますが、椿さんに断わられます。

    草介と千里は仲直りしますが、うまくやっていけるのでしょうか?


    助手席に彼女を乗せて、順調に流れる青梅街道を走りながら、
    僕は彼女の長所を考えてみた。
    走ってる最中には何も浮かばないのだが、信号で停まると不思議に
    浮かんでくる。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ドライブの最中、相手の長所を捜すようになったら付き合いも終わりだな、と冷静に
    感じてもいた。


    「まだいたのかよ?」
    「ここ、私の家よ」
    僕は巻いていたバスタオルを彼女の顔に投げつけ、「今、ここでフェラチオしたら
    許してやるよ」と言った。
    彼女は濡れたバスタオルを顔からとり、ゆっくりとそれを畳み始めた。
    「許してもらうことなんて、何もないわよ」
    「あ、そう」
    「い、言いたいことがあれば、言えばいいでしょ」
    「だから、ないって」


    その夜、酔った千里をベッドで抱いた。
    もっと熱くなれるかと思ったが、読んだ手紙をもう一度読み返すような
    セックスだった。結局僕は、いつものように彼女の太股にペニスを挟んで
    眠ったわけだ。


    吉田修一の小説は、ストーリーだけを追っても、魅力を伝えることはできません。
    心理描写、行動描写、会話の表現のうまさ、素晴らしさを味わってください。
    恋の終わりが近づいた、かみあわなくなったカップルが、じつにうまく表現されていると
    思います。




    NO.2最後の息子  吉田修一  文春文庫        
    吉田修一の短編の「最後の息子」を紹介します。
    吉田修一が29才の時に書いたデビュー作で、文学界新人賞をとった
    作品です。
    吉田修一が芥川賞をとった「パークライフ」は、うまい小説だとは思いましたが、
    あまり心にグットはきませんでした。
    「最後の息子」は、作者の熱気が感じられる小説で、好きな小説です。

    高校を卒業して、上京した主人公の男は、おかまの閻魔ちゃんと同棲しています。
    主人公の男は、閻魔ちゃんのヒモみたいな関係です。
    日々の出来事をビデオカメラで撮影しています。
    閻魔ちゃんが撮ることもあれば、主人公の男が撮ることもあります。
    閻魔ちゃんは、新宿で飲み屋をやっています。
    飲み屋で主人公と知り合った、大統領というニックネームの男は、
    新宿のK公園で、ホモ狩りにあって、殴り殺されてしまいます。
    閻魔ちゃんの姿や言葉や、行動が、生き生きと描かれています。

    この映像の中で、閻魔ちゃんは「アンタが歯を磨いている姿って好きだわ」と言う。
    これから、生まれて初めてキスをする男の子のような、そんな磨き方だと言うのだ。

    たとえば、閻魔ちゃんから買い与えられる様々な物の中で、唯一ぼくが突き返した物がある。
    「大きい歯ブラシは嫌いなんだよ。ブラシの所が小さいやつ。確か、リーチって名前
    だったと思う。」
    ぼくはそう言って、新しい歯ブラシを買ってきてもらった。
    自分で買ってきなさいよ、と言う閻魔ちゃんに、ぼくはどうしても閻魔ちゃんが
    買い替えてくるべきだ、と言い張った。
    すごく些細なことのようだが、ここで暮らすぼくにとっては、とても重要なのだ。


    主人公の男は、中学生の時に同級生だった右近という男を、不思議な魅力のある
    男だと思っています。

    「僕さあ、将来は俳優になろうと思ってるんだ」
    そう告白されたぼくは、何の疑いもなく、右近は将来映画スターに
    なるのだろうと信じてしまった。
    お世辞ではなく、その頃の彼には確かに近寄り難い輝きがあった。
    威厳というか過信というか、とにかく、生まれてこの方一度も叱られた
    ことのない子供のような、そんな自信に満ち満ちていた。

    閻魔ちゃんと暮らしたことのある青年。それら青年の名前が羅列されたリストの中に、
    自分の名前が残るのは、とても光栄なことだと思う。
    現代における最高殊勲青年だし、これは並大抵の知性と体力じゃ務まらない。

    閻魔ちゃんを喜ばすために、夜な夜な観ているポルノビデオ
    からだって、男役と女役、両方の性技を習得しなければならないし、
    会話レベルにしたって、スーパーモデルのクリスティ・ターリントンの
    ことから、ハプスブルク家のエリザベートのことまで知っていなくてはならない。
    そして何より、そうやって知りえた知識や性技を、実際の生活では
    まったく役にたててはいけないのだ。この忍耐力と演技力がなければ、
    閻魔ちゃんの相手は務まらない。
    ひけらかした時点で燃えるゴミ。知らなかった時点で粗大ゴミだ。

    もうほとんど聞いていないぼくに、それでも閻魔ちゃんは続ける。
    「青年というからには、野心とか野望とか、そういった血なまぐさいものが
    必要なのよ。分かるかしら?」
    「・・・・・」
    「分かるかしら?」
    「だっていつもは、暴力はんたい。暴力追放って言ってるくせに・・・」
    「そりゃそうよ。暴力は反対よ。でもね、正義のためにふるう暴力だけは
     必要なのよ」
    「矛盾してるよ」
    「あら、矛盾してるから、オカマなのよ」


    本当に閻魔ちゃんに嫌われたいのなら、たった一言、「ぼくは詩を書いてます」
    と言えばいい。しかし嫌われたくないからこそ、額から血を流す閻魔ちゃんに
    「邪魔だ。どけ」と叫ばなくてはならないのだ。
    閻魔ちゃんのような人が縋りつくのは、探偵小説を読むぼくであって、
    詩集を読むぼくではない。



    主人公の男と、閻魔ちゃんや大統領や右近との交流が、淡々と語られていきます。
    しかし、いたるところに、作者のセンスの輝きや、若い熱気が感じられる小説です。
    何よりも、オカマの閻魔ちゃんの姿が生き生きとしています。
    吉田精一が、想像力だけで、主人公の男と、オカマの閻魔ちゃんの
    同棲生活を描いたとしたら、すごい才能だと思いました。(H.P作者)


    NO.3パーク・ライフ  吉田修一  文春文庫   


    主人公の男は、ボディーソープ等の商品の企画、営業の仕事をしています。
    30才ぐらいです。
    来月で35才になる近藤さんは、会社の先輩です。

    住んでいるアパートの近くに、知り合いの宇田川夫妻のマンションがあります。
    宇田川夫妻は別居することになり、夫の和博さんは品川のビジネスホテルで暮らしていて、
    妻の瑞穂さんは友人の家で暮らしています。
    二人の飼っている猿のラガーフィールドの世話を頼まれた主人公は、宇田川夫妻の
    マンションで暮らしています。

    主人公の男は、毎日のように、日比谷公園で昼食を食べたり、休憩したりします。
    日比谷公園のベンチで食事をしたり休憩したりしている30才ぐらいの女性と知り合います。

    女性が言います。
    「私ね、この公園で妙に気になっている人が二人いるのよ。その一人があなただったの。
     こんなこというと失礼だけど、いくら見ててもなぜかしら見飽きないのよね」

    女性が言います。
    「それにスターバックスってあまり好きじゃないの。あなた好き?」
    「たばこが吸えないから嫌いなんですか?」
    「そうじゃなくて、なんていうんだろう、あの店にいると、私がどんどん集まってくるような
     気がするのよ」
    「え?」
    「ちょっと言い方がヘンか?だから、あの店に座ってコーヒーなんかを飲んでると、
     次から次に女性客が入ってくるでしょう?それがぜんぶ私に見えるの。
     一種の自己嫌悪ね」
    「ぜんぶ自分に?」
    「だから、どういうんだろうなあ、
     たぶんみんなスターバックスの味が判るようになった女たちなのよね」


    スタバの女性は秘密を隠し持っているように感じた主人公の男は、公園の女に話します。
    彼女は最初あまり興味がなさそうだったが、しつこいほど力説したせいもあり、
    小音楽堂裏で足を止めると、「なーんにも隠してることなんかないわよ」と、
    僕の顔を真っ直ぐに見てそういった。
    「でも、なんか触れられたくない秘密でも隠しもっているように見えたんですよ」
    「なんにも隠してることなんてないわよ。逆に自分には隠すものもないってことを、
     必死になって隠してるんじゃないかな」


    女性が気になっているもう一人の人は、噴水広場で小さな気球を飛ばしている人です。
    何のために気球を飛ばしているのでしょうか?


    宇田川夫妻は別居しているが、
    おそらく夫婦のあいだに問題という問題はないのではないかと思う。
    敢えていえば、それが問題。
    互いに自立した現代的な夫婦の典型のようなカップルなのだ。
    あるとき、瑞穂さんがこんなことを言っていた。
    「和博と暮らしてて、つくづく自分が貧乏くさい女だなあって思うのは、
    ふと気がつくとね、彼以上の人を望んでいることなのよ。
    もちろん和博のことが嫌いじゃないの。大好きなの。でも・・・・・」

    もちろん和博さん側にも言い分はある。無口な人で、日ごろはほとんどその手の話をしないのだが。
    「たとえば瑞穂がリビングでテレビを観てるだろ、そうするとなんていうか気を遣うっていうのかな、
    いつも一緒だと息も詰まるだろうなんて思ってさ、俺は寝室で本を読むわけ。
    で、瑞穂が寝室に来ると、明るいと眠れないだろうと思って、今度はリビングへ。
    一緒にいたくないわけじゃないんだよ。一緒にいたいもんだから、
    部屋から部屋へ移動してるんだよな」


    主人公の男は、ひかるという女性に、長い間、片想いをしていました。
    主人公の男は、公園の女と話をします。
    「どうりで、そんな顔になったんだ」
    「そんな顔って?」
    「おでこに『どうせ』って三文字が書いてあるような顔」
    思わず手で額を撫でると、彼女が横目でちらりとこちらを見て笑う。
    「じゃあ、あなたは十年も実らぬ思いを抱えて生きてきたわけだ」
    「そんな大袈裟なもんじゃないですって」
    「照れることないじゃない。俺は一人の女を十年も思い続けているんだって
     胸張りなさいよ」


    主人公の男と、公園の女の関係は、どうなっていくのでしょうか?


    特に何か事件が起こる訳でもありません。
    淡々と物語は進んでいきます。
    人物描写や会話や物語の描写を楽しんでください。
    特に、機知とセンスの有る、会話がすごいと思いました。

    「パーク・ライフ」という小説は、物語が、すっと頭に入ってきます。
    これって、すごい力量だと思います。

    物語の表面に出てくる熱さという点では、「最後の息子」や「熱帯魚」の方が
    勝っていると思います。
    「パークライフ」は、熱さが底にこもっている小説だと思います。
    底で静かな炎が燃えているというような感じがします。

    日常の出来事や何でもない会話が出てくるだけなのに、そこに新鮮な発見や
    小説を読む喜びを感じます。

    吉田修一の物語小説の一つの完成形を示している小説だと思います。(H.P作者)