和泉中央の石仏 目次に戻る |
本コースは相鉄線の終点和泉中央駅から和泉川に沿って下り、境川流域を上って出発点に戻る約6kmの石仏ハイクで、最近整備された和泉川両岸の散歩道、古い歴史の残る境川沿いの道とハイキングとしても十分楽しめるコースである。適当な間隔で石仏が残っているので、オリエンテーリング的な楽しみが付け加わる。 |
![]() |
宝心寺 大山道しるべと庚申塔![]() |
草木橋![]() |
鯖神社![]() |
コース案内 |
<和泉川を下る> 和泉中央駅の脇を流れる和泉川を利用した駅前の水辺公園は、暑い日にはプール代わりに子供の水遊びも出来る場所。少し引き返して回りを歩いて見よう。板張りの歩道は足に心地よく気が利いた設備である。 駅の出入口のある辺りで、一旦川辺からはずれて山よりの道に入るとすぐに長福寺がある@。地名の元になった和泉小太郎のゆかりの地で説明板がある。ここでは南北朝時代の板碑を見ることが出来る。 道なりに進むと川沿いに戻る。川の両側がよく整備された散歩道になっており、川のどちら側を歩いてもいいが、橋の名前をチェックしながら進むことにする。 |
川に戻り右岸を行く。次の関島橋を過ぎてすぐ右手に宝心寺B。 岩船地蔵は横浜市の指定有形文化財で横浜市教育委員会の説明板がある。この種の岩船地蔵は横浜各所にあるが、その中でもっとも古いものとのこと。 そばに不動明王像の大山道道標(宝暦)と青面金剛(元禄?)がある。この辺りの大山道は岡津−長後を通っており、この道しるべは長後へ抜ける近道を示したものであろう。 青面金剛は両側面の「見ざる」と「言わざる」に注目、片手で目、口を押さえているのが特徴。これと同じ石工、同じデザインの青面金剛が戸塚の親縁寺と東戸塚の熊野神社にあることから、これも元禄の作と思われる。 |
次の「草木橋」で対岸に渡ってまっすぐ進むと50m先の三叉路に数体の石仏が並ぶC。上部が破損しているが双体道祖神が可愛い。「寛文12年−明治修理」の大型地蔵型庚申は明治にどこをどのくらい修理したのか気になるがこの付近では古い庚申の一つである。
|
更に川そいに進むと、車道が斜めに川を渡る「赤坂橋」。右岸の鳥居の壊れた稲荷堂の脇に小型の石仏が3体あるD。一つは双体道祖神、もう一つは青面金剛だがあとの1体は地蔵だろうか単体道祖神だろうか、童子像のようにも見え、稲荷神の像かも知れぬ。(稲荷神は老人像あるいは童子像で表される。)工事用の柵やシートがあり、近く修理されるのであろう。工事で石仏が散逸しないことを祈って次へ向かう。 |
<境川流域を上る> ここで切り通し状のバス道を越えて境川の流域に出る。 赤坂橋を渡って車道に沿って500m進み、村道が車道からそれて分かれた辺りに東泉寺と同じ敷地内にワラ葺きの琴平神社E。寺側の門には数体の阿弥陀や観音。琴平神社の側には庚申塔や地神塔数体があり、大山道の道しるべもある。 |
東泉寺山門を出て右に進む。しばらくは細い車道。右の暗い森の中に双体道祖神があるので見逃さないことF。 |
道が急に広くなり、境川流域の広い展望が開ける。この辺りは下飯田。富士塚公園の記念碑に地名のもとになった南北朝時代の豪族飯田氏の城跡とある。 500mで鯖神社。G草むらの中に無造作に数体の石仏が置かれている。正体の分からない神像が二三。鳥居前の不動像は大山道道標だったのだろうか。 |
ここでコースはしばらく2つのオープションに分かれる。どちらかを選んでください。 A)境川左岸:鯖神社を出て最初の道を左折すると、すぐ木製の「渡戸橋」を渡って境川の対岸(藤沢市)に出る。川沿いのサイクリング道を次の「高飯橋」 まで歩くさわやかなコース。 B)境川右岸:鯖神社を出て2つめの道を左折すると、杉の木集落。小川を中心に地元の人たちの手で水辺をよく整備された村で「横浜折々の散歩道」にも 紹介された場所。境川右岸のこの道は古道「鎌倉上の道」とされ、古い大き な農家などがあって歴史ムード豊かなコース。 この辺りに石仏があれば理想的と思いながら歩いていたら、2/3ほど進んだ地点の右手に日吉神社があり、入り口の鳥居跡付近に2体、稲荷社脇に1体の石仏が見つかった。H |
A)B)のコースは高飯橋から車道に出る地点で合する。車道を越えた先に昼なお暗い感じの山道が見える。車道を避けてこの道に入り、最初の角を左折すると、車道と平行した山の尾根を通る1本道で、祖先代々の墓を持った集落が続く。 500mほどで三柱神社。I境内に6〜7基の石仏。「蚕祖神」が珍しい。ここにも道しるべがあり「大山道」「柏尾道」とある。大山=長後、柏尾=岡津と読み換えてこの辺りの大山道がどこを通っていたのか考えてほしい。 |
200mほどで三叉路に突き当たって左折。この道も旧大山道とされている。やがて新道に合流。泉消防署隣の公園の向かいに庚申と道祖神がある○。(工事中の区役所跡からの一時移設かも知れない。)地蔵型庚申塔の設立「寶壬」のように見えるがそんな年号はない。 間もなくスタート地点の和泉中央駅に戻る。 |