貨物室の電子機器の確認のため、出発が遅れています。」と機内放送が流れた。私が、沖縄便の飛行機を15分間も遅らせてしまった。
 2010年3月12日〜14日まで、「はがき通信」懇親会in沖縄を開催した。12日(金)、リフトタクシーで自宅を午前8時半に出発し羽田空港へ。空港に着くとJALのスマイルカウンターでチェックイン。そこで、一緒に沖縄へ行くSさんと合流。出発前にJALのプライオリティ・ゲストサポートに電話をし、座席指定や機内用車イス(フルリクライニング車イス)などの手続きをしていたので、簡単にチェックインができた。荷物検査を済ませ搭乗口へ。搭乗口で、電動車イスから機内用車イスに乗り換える。付き添いのHさんに、電動車イスのステップやヘットレスト、ギアを外してもらい、その部品をJALのスタッフが梱包しているときに機内へ移動させられた。機内用車イスから座席に移してもらってホッとした。
3年前、家族で沖縄へ行った時、搭乗口で4時間も待たされたのだ。その時、「電動車イスのバッテリーを外せ」と急に言われてパニック。今まで、何度も飛行機に乗っているが、バッテリーを外したことはなかったのである。ちなみに、バッテリーはシールドバッテリー。そんな嫌な思い出があったので、「バッテリーを外せ」と言われなかったことに喜び過ぎて、付き添いのHさんに「バッテリーの電源を切って下さい。」といい忘れてしまったのである。Hさんに確認したらHさんも切った記憶がなかった。それで、キャビンアテンダントに確認してもらうことにした。結局、バッテリーの電源は切ってあったのだが、機内放送のたびに肩身の狭い思いをしていた。搭乗前には、落ち着いて行動しなければならないと思った。
 無事、那覇空港に着いてドアが開いた瞬間、暖かい空気に覆われた。心配だった電動車イスは壊れてなかった。”ゆいレール”に乗り換えて、Sさんと首里駅へ。ゆいレールは、とても眺めがいい。首里駅から首里城までが遠くて、また道が悪い。歩道が整備されてなく、車道を走ったが片流れと坂道に耐えていたが、途中で目の前が真っ白になり貧血でダウン。車道の端でリクライニングしていたら、警備員が来て「移動して下さい。」と言われ、文句を言う気力もなく寝たまま歩道に移動。貧血が回復するまで待っていたら、「はがき通信」のメンバー3人と会った。ここから守礼門まで、もう少しと教えてくれたが首の凝りが激しくて断念した。Hさんだけ見学に行ってもらった。ゆいレールに乗り牧志駅で下車し、ホテルJALシティー那覇へ。国際通りに面したいいホテルだった。直ぐにレセプション会場へ行って打ち合わせ。食事をしながら自己紹介し、三線とエイサーで大盛り上がり。普段なら、二次会で夜中まで盛り上がる所だが、翌日観光ため早起きしなければならず12時に就寝。


 2日目、晴天の暖かい午前9時に各リフトカーに分乗し美ら海水族館へ。3階から坂を下りながら、水槽の中の海の生き物を見ながら1階へ。1階の巨大な水槽では、ジンベイサメやマンタが優雅に泳ぐ姿に感激。一番大きなジンベイサメの大きさは、8.4mで5.5tだそうだ。水族館を満喫し、Sさんと地元の人も勧める古宇利島へ。
橋を渡り島へ行く途中の海を見て、全員が歓声を上げた。今まで、ハワイや沖縄で綺麗な海を見たことがあるが、ここの海が一番。コバルトブルーとエメラルドグリーンに色分けされて、それが沖の方まで続いているのである。その海で海水浴ができるとは凄い。島の駐車場に着くと、昼食を予約していた店のご主人が出迎えに来てくれた。店は、窓が開け放たれ爽やかな風と横の広場から聞こえてくるライブ演奏が心地良かった。アグーの定食を頼むと大盛りにビックリ。アグーは、あっさりして美味しく全部たいらげた。また、お店の方がとても親切で、テーブルが低いからといってブロックを四つ持って来て、テーブルの足の下に置いて高くしてくれたのには感激した。リフトカーの運転手Kさんもいい人で、私の食事介助までしてくれて、地元の人の気配りと優しさに心が温かくなった。

 3日目帰路。チェックアウトして、ホテル沿いの国際通りで買い物をしながら空港へ。ゆいレールは、便利で親切。那覇空港でもバッテリーを外すことなくスムーズに機内へ。無事、羽田に。
2泊3日の沖縄旅行は、新たな発見があったり、地元の人の優しさに触れたり、仲間と会話したり、楽しい日々を過ごすことができた。心に残る素晴らしい思い出になった。