今、人物画に初挑戦している。しかし、筆がなかなか進まない。その理由は、妻のマリちゃんを描いているためである。私は、今まで人物画は難しくて敬遠していた。突然、何を思ったのか人物画を描きたくなったのである。以前から人物を描く時は、マリちゃんを描きたいと心に決めていたので、早速、マリちゃんにモデルを頼んだが簡単に断れた。ガクー!その変わりに写真を出して貰って、多くの写真の中から1枚の写真に眼がとまった。それは、ハワイに行った時に、マリちゃんがスタジオで厚化粧してドレスを着た写真である。本人は、『アイドルのブロマイド』と言っていたが、私にはどう見ても『松本明子』にしか見えなかった。昔は松本明子も、一応アイドルだったから…?その写真に決めてから、早速、鉛筆で輪郭をとり、色を塗り重ね、細かい所まで描きこんでいった。自分では、なんとなく似てきたな−と眺めていると、横からマリちゃんが『瞼が二重でない!』とか『口紅の色が悪い!』、『全然、似てない!』と厳しいチェックが入った。私も奇麗に美人に描こうと思うが実物が…?ではなく、自己流で描き方が分からず、始めての人物画の難しさに苦心しているのである。それから3カ月間、多忙もあって、絵を描くのを諦めていた為に、絵の事は完全に忘れていた。そんな時、テレビで"ダビンチのモナリザのほほ笑み"の番組を見ていて、マリちゃんの絵を思い出した。下手は下手なりに、最後まで絵を描かなくてはならないと思ったのだ。いつ仕上がるか分からないが少しずつ描き始めている。完成する日は、まだまだ遠いのだが…。 私が、絵を描き始める事になったきっかけは、群馬県に住む、私と同じ障害を持つ、星野富弘さんの本を読んでからである。リハビリセンター退院後、自宅でテレビを見たり、本を読むだけで毎日が過ぎ、無気力な生活を送っていた時、入院中に戴いた星野さんの本を何冊か読んだのだ。星野さんも、保健体育の教師をして、マット運動の前方宙返りでの失敗から怪我をしていた。怪我をした経過から障害の状態まで、私とよく似ているのには驚いてしまった。その星野さんが、筆を口でくわえて花の絵と詩を描かれていた。花の絵からは優しさや繊細さが感じられ、詩からは、思いやりや心の強さ、悟りが感じられた。何と素晴らしい絵と詩なのかと感激してしまった。花の絵が輝いて見えたのである。星野さんに刺激を受けて、私にも絵が描けないものかと思ったのだ。絵を描く事は、学生時代に授業で描くくらいの経験しかない私にとっては、とても無理だと思ったのだが、是非、挑戦してみようと思ったのである。早速、中学校の美術の先生に相談した所、画用紙と固形の水彩絵の具を貰った。また、ひとりで絵を描ける台も作って戴いた。早速、市販の筆を口にくわえて、絵の具をつけて横線を引いてみた。たかが20pほどの線だったが、口が震え、ミミズがはったような線である。筆が短か過ぎて画用紙の両端まで線が引けなかった。簡単に描けるものではないと思った。私は、線を引くだけで落ち込んでしまった。こんなに難しいとは…。先が思いやられる。ここで止めると何もならないので、気合を入れ直した。画用紙の両端が届くように、筆に棒をつなぎ合わせ約70pの長さにした。横・縦・斜めの線から練習した。何十回も線ばかりを引いていると飽きるが、何とか真っすぐな線が引けるようになった。それだけで嬉しく思った。斜めの線は難しく、特に円はとても描けるものではなかった。最初に風景を描いたのは、新聞に載っていたシルクロードの並木道の写真が気にいってそれを描きたかったからである。モロクロの絵であったが、何故か引き付けられるものがそこにあった。今、その絵を見ると、とても見せられるような絵ではないが、その絵を描いて、絵の道に1歩踏み出す事が出来たから、これからも1本の道としてつながって行くのではないかと思う。何事も1歩踏み出す事が大切である。私の原点は、名前と同じ"道"なのである。 今まで、主に風景を描いているが、1日筆を口にくわえて描くのは、3時間が限度である。手術の時に、首の後ろの筋肉を削り取られた為、3時間以上描くと首から肩の凝りが激しくなり、吐き気がするのである。また、太い筆をくわえるとアゴが辛いので、細くて軽い筆になってしまう。絵を1枚仕上げるのに3カ月位かかる。下手な絵でも、額に入れて見ると雰囲気が出て、少しは見せられる絵になっていった。上手く描こうと思えば思うほど、筆が進まず雑になり、なかなか思うような絵が描けない。無心に楽しく、素直な気持ちで描いた絵は、不思議と出来上がりも早く、納得できる作品である。 私も絵を描く楽しさや苦しみが分かるようになり、絵の奥深さや難しさを日々実感している。芸術とは無縁だった私が、絵を描けるようになって少しずつ自分自身に自信が持てるようになった。そして、何も出来なかった私が、絵を描く事で生きがいを感じ、明るく積極的に、何事にも挑戦するようになったのである。人間、やってやれない事は無い。やれば出来る!そして、最後までやり通す事が大切。風景画以外の絵はまだまだ描けない私だが、ゆっくり挑戦して行こうと思う。未熟だが、これからも絵に生命を吹き込めるように頑張りたい。 |
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