ゴールデンウィーク中、脊髄損傷・頸髄損傷の当事者と介助者の“在宅リハビリ研修会”に参加した。アメリカのワシントン大学病院のPT(理学療法士)2名を招致して、アメリカのリハビリの現状と取り組み方を学び、実施訓練も指導してくれるという。3年前に右のひじをトラックにひかれてから、身体の関節が硬くなってきた。最近では、着替え等が辛くなり、電動車イスに座ったときも両ひざの関節が硬くなって曲がりにくくなり、電動車イスのステップから足が前に落ちることが多くなっていた。足がステップから落ちると怪我をしたり、骨折する危険性もあるので、何とかひざの関節だけでも柔らかくならないものかと、参加してみることにした。
 当日、ハンディキャブで野中さんと上大岡のウイリング横浜に向かった。ウィリング横浜とは、介護実習室、調理実習室、パソコン室、研修室、情報資料室、スポーツジム・フィットネスルーム、体育室、スパ、宿泊施設などがあり、横浜市社会福祉協議会が運営をしている施設である。受付を済ますと2人のPTの女性講師、マーガレット・ワトソンさんとミンディ・ポーラーさんを紹介してもらった。ふたりとも目が大きく、明るくて美人。早速、マーガレット先生の問診を受けた。勿論、ボランティアの通訳を入れて。2日間に渡り、アメリカでのリハビリとその成果を参加したひとりひとりに丁寧にプログラムを作成してくれた。私の場合は、首のストレッチやひじの筋肉の強化の仕方、電気刺激器の使い方など。電気刺激器で、まひしている筋肉(筋萎縮など)に収縮を促したり、関節の可動域の拡大確保や血行の促進などの効果がある。また、呼吸筋のまひのため、肺活量が少なく貧血が起きたり、咳をする力も弱いので、肺活量を増やす呼吸練習法も学んだ。また、肺と気道上部を広げることもできるらしい。たとえば、「口から深く息を吸って、止め、もう一度吸って、また止め、さらにもう一度吸って吐く。」これを5回繰り返す。ただし、心臓に問題がある方はしてはいけない。その他、皮膚管理(褥瘡)やトランスファー(移動の仕方)など、多くのことを学ぶ事ができた。少しでも動く筋肉の運動や、動かせない関節などを動かすことの重要さを再確認した。退院後は、マリちゃんや看護士さんに関節を動かせてもらっていたが、自分では手を動かないからと諦めてしまっていた。動かせなくても脳から四肢に通じる神経回路に受けたダメージを回復させたり、筋肉が収縮できるところは意識をしながら動かすことが大切だといことが分かった。一番気になっていたひざの関節は、“神経原性異所性骨化”の疑いがあるということで、外来のときにレントゲンを撮ってもらうことにした。
 研修会後は、ウィリング横浜のハンディキャプルームで1泊。夜中の3時頃、突然熱くて目が覚めた。布団をしっかりかぶっていたので、熱がこもって体温が上がったらしい。『野中さん、野中さん!熱いので布団をめくって下さい。』『ハイ…』と起きてくれたが…。突然、『プァープァー』と大音響が鳴り出した。あまりの音の大きさで、ベッドから飛び起きそうなくらい驚いた。そのとき、野中さんが『間違えて押しちゃった!』と言った。部屋の電気を点けようと壁のスイッチを押したところ、そのボタンは電気のスイッチでなく、緊急用の呼び出しベルだった。この部屋は、ハンディキャプルームなので、緊急用のスイッチが設置されていたのだ。すぐに係員の方が来て、ベル音も止まると思ったのだが、なかなか来ない。誰も来ないので、野中さんがフロントに行こうと部屋のドアを開けたところ、一段と大きなベル音が聞こえてきた。フロントも呼び出し用のランプが点灯しながらベルが鳴っていた。部屋に帰ってきて、係の方が来るまで待っているといつまでたっても誰も来ない。もう一度、野中さんがフロントに行って、数分が経ち、突然ベル音が消えた。やっと係の方が来たと思っていたら、なんと野中さんが『解除してきました。』と言った。『エッー!』と驚いていると『昔働いていた老人施設とだいたい同じでしたから』と…。私が野中さんを起こしたせいで大変なことになり、ふたりとも目が覚めてしまい朝まで眠れなかった。人生、思わぬ出来事にあうものだ。翌日もまた思い出しふたりで大笑い。家に帰ってマリちゃんに話すとでかい声で「ギャハハハハ…。」それにしても大音響でベルが鳴っている中、宿泊者誰一人も廊下に出てこないなんて信じられなかった。ホテルマンをテストしたようであった。ウィリングのハンディキャプルームは、広くて使いやすかったが、ただ、ベッドからお風呂まで、天井走行のリフトがあれば完璧だと思った。

 4日目の最終日には、2人のPTの先生と神奈川リハビリセンターのPT・OTの先生が出席し、日米リハビリ比較のパネルディスカッションにも参加した。アメリカの先生から、「受傷後、早い時期に集中的なリハビリをしていればずっと短期間で、もっと回復できたはずなのに信じられない」という言葉が何度も聞かれた。この背景のひとつには、日米の「告知」に対する考え方の違いがある。UW大学病院では、完全まひの患者に対しても刺激と運動を続けることで、動き始める可能性があると励ます。しかし、日本では、「一生車イス生活」だと諦めさせられる。また、医者とPT・OT等との関係が対等ではなく、日本の治療とリハビリテーションの体勢が大きく立ち遅れていることが分かった。この研修会に医師が参加していないのは残念である。最後に、主催してくれた“在宅リハビリサポートの会「レッツ」”の皆様に心より感謝。人間いつ何がおこるか分からない。皆さんもご用心、ご用心。