- ある商品を作りたい。そう決めたらすべてをゼロから創り上げていく。
一号機G型では、テープ&メカを創り、市場開発を行った。
G型(government)→ H型(Home)→ P型(Portable)
- 技術開発の時に重視するのは“素性”の良し悪し。
たとえその時点では、コストアップになるとか、部品を作るのが大変だということあがっても、素性が良ければ、将来的を展望し、より良いと思う方向に突っ走ることが大切。
- TR-55:発売トランジスタラジオ(1955年発売)
SA-2A(ベビーコーダー):オールトランジスタ・単三電池駆動・フィルタ回路・2個のリールを2段重ね
- すべての商品はノンコンから始まる。
ビデオの例: 最初は高くても使う価値があると、企業が使い始める。
- ソニーが独占的に持っていた特許「交流バイアス法」が切れる時期を迎えた危機感
→新しいことへのチャレンジ。 半歩だけ先んじていれば競争相手は怖くない。
競争相手と思うのではなく、一緒にマーケットを広げてくれる同業者と思えばよい。(秋葉原・横浜の中華街等の例)
- TC-777(スリーセブン)(1961年発売): ノンコンからコンスーマに行く橋渡し
3モーター・3ヘッド・オールシリコントランジスタ・大出力パワーアンプ
- フールプルーフでなければいけない。(第2製造部 大賀技術部長コンセプト)
”フールプルーフ”“誰にでも”と言うフレーズには、身体的にハンデがある人も、という意味が込められている。
- “リトラクティブピンチローラー”及び“ソニオマチック”が、コンスーマーにテープレコーダーを定着させる最大のきっかけになった。
ビルトインマイクは、エレクトレットマイクの開発があって実現した。
- 新しい材料が出た時は、よくチックして、いかに商品にうまく生かせるか、常に目を配っていないといけない。
- 自分が何としてもこれを作り上げるんだ、と自分を追い込んでしまう。自分を自分が、認めるかという、面子の問題なんです。
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任せるということは、周りの人または上司が責任をとってやるということ。後で責任転嫁されるなら無難な道をえらぶ。
- ソニーに入社して
1. 世界の超一流の機械が備えられていた!
2. 入社した日に、自分の名入りのノギスが机の上に置かれていた!
- フィリップスからソニー、松下 コンパクトカセットの提案
TC-100(1966年発売): 松下に負けるな・ソニーらしい商品
コンパクトカセットの採用は、あらゆる機構部品で従来のものが使えなくなり、→自分たちで開発。
駆動の伝達は従来はゴムを使用していたが、エンジニアリングプラスチック歯車(ギア)を採用。
- 世の中に出てくるあらゆる新しいもの、いいものを如何に利用して、いいものを作っていくか常に考える。
- 一つのモデルが出て、10年間は揺籃期、次の10年が青年期、後の10年が衰退期。良い製品が出ると必ずこうなる。
- 小型化により、パーソナルユースが実現し、大量生産されることで、製造単価が限りなく材料費に近づき、安く作れるようになった。
更に従来考えられなかった複合商品が誕生することになった。
- お客さまの心の中に、モヤモヤした、あれでもないこれでもない、と言うものがある。そこに「これでしょ」というものを出せば「そうだこれなんだよソニーさん」と、お客さまは感謝どころか感激までしてくれる。
作る方に、既存商品では飽き足りない心のモヤモヤガなければ駄目なんですよ。モヤモヤといわれても身に覚えが無い人には、お客さんのモヤモヤを解消するものなんか作れません。
- TC-1100(カッパブックサイズ)(1975年発売):
薄ければ薄いほどいいというものではない。小さければ小さいほどいいというものでもない。バランスが大切。いい物に触れ・持つこと・使うことの喜びを感じさせる。
いいものとは、どこかでだれかが、こだわって作っている。自分の手にしっくりなじんで違和感がなくなるまであらゆる面をチックした、キーのロック感、EJECT感・・・・・
- デジタル化・IC化で個人技が出し難い時代。いかに細かいところにこだわって魂をいれるかが大切になってくるのでは?
フールプルーフの精神・原点に戻ることも・・・。
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