お父さん、僕を見て下さい。
・・・お父さん・・・
僕は知っています。
貴方が何のために僕を拾ったのかを。
僕には重い運命だった・・・。
僕には無理でした・・・。
貴方は気付いていなかったかもしれないけれど、
少なからずや僕は自覚していました。
「血」という名に捕らわれる貴方は僕をただの厄介者と見ていらっしゃったことに。
だけど僕には、貴方はたった一人の、唯一の「家族」です。
何故でしょうか?
あの忌まわしい、僕の知らない名を持った都市ができた時から、
貴方は僕を見ようとはしてくれませんでした。
僕には、貴方しかいないのに。
僕の名前の由来。
いつだったか、もう忘れてしまった場所で、
一人の死に損ないが僕に真実を・・・教えてくれました。
名前には、
「音」だけでなく、「意味」があるということを。
そんなことを知らなかった幼い僕は貴方に褒めてもらおうとして、
毎日、毎日、「R」と「O」と「C」と「K」を、
そこかしこに書き連ね、自分の名前を覚えました。
名前という存在を教えてくれたのは、貴方です。
キー番号で呼ばれなくなったのは、貴方のおかげなのです。
でもその死に損ないは僕にそっと囁いたのです。
脳に大きなひっかき傷をつけながら、僕のキー番号を。
僕は本当に驚きましたよ。
誰かの住所だったと考えることもできたのに、
誰かの電話番号だったと考えることもできたのに、
誰かの誕生日だったと考えることもできたのに・・・
その死に損ないは僕に、か細い声で言いました。
僕の、名前の本当の意味を。
お父さん、何故僕を選んだんですか?
肌の色も、
髪の色も、
瞳の色も、
何もかもお父さんと違うからですか?
僕の名前の意味。
お父さんと一緒に世界を「揺り動かす」ための存在。
お父さんが世界に生きる人々の光となって世界をまとめるために、
僕は影となって世界に「不幸の種」をまく存在。
この言葉を聞いた時幼い僕は、
掴みかけていた幸せを、失いました。
この虚しさをどう埋めていいのか知らなかった僕は、
その死に損ないを、貴方から頂いた拳銃で気がすむまで撃ちつづけました。
撃つたびに出てくる薬莢の、鈴の音に似た「ちりん」という音さえ耳に入らないくらい、
僕は彼を撃ちつづけました。
何故でしょうか?
あの忌まわしい、僕の知らない名を持った都市ができた時から、
貴方は僕を見ようとはしてくれませんでした。
貴方は光、僕は影。
いつも光を前に立っている貴方は気づくことができなかったんですね。
貴方の後ろには、いつも僕のような影がいることを。
光の中にいる貴方は知っていましたか?
光の中からでは、影なんて少しも見えないでしょうけれど、
影からしてみれば、光ほど明るく輝いているものは無いのです。
貴方は光の中からさらに明るい光を求めていましたね。
そして僕は、逆光でよく見えない貴方の後姿をいつも眺めていました。
貴方の瞳に、僕は映っていたんですか・・・?
ジグラットが生きている間、
僕は一つのロボットの少女を追いかけました。
彼女が憎かったわけじゃありませんでした。
貴方の部屋で見た、
古ぼけた写真の中で幸せそうに笑っている少女と同じ顔をしていたのが許せなかったのです。
「死んだ」と聞かせれていたのに。
また新たにこの世に生を受けて、お父さんが苦労して手に入れた光を、
あのロボットに全て渡すのが許せませんでした。
僕は神に言いました。
貴方をあのロボットから救ってくれ、と。
でも、最初から分かっていました。
この世に神なんて存在しないことを。
僕はどうしても、心の休まる場所が欲しかった。
僕には必要だった。
少しでも、誰かを「信じる」ということが。
あの部屋で、僕は同じ党員だった人間に撃たれました。
貴方だって見たでしょう?
僕には「紅い」血が流れていることを。
あのロボットには穢れた茶色のオイルしか流れていないことを。
お願いです。
過去に縋っていないで目の前にいる僕を見てください。
僕はこの果てしなく広がる青い空が好きです。
満天の星空を見てみたいと思うけれど、
僕はこのメトロポリスから見える、シリウスだけで十分です。
月よりもずっと小さいのに、月よりもずっと明るい。
他の星がどこにあるのかなんてここからでは全然見えないけれど、
シリウスこそが貴方の目指している光に違いないから。
オモテニウム発生装置の非常停止ボタンを押した時、
僕は既に意識を失いかけていました。
そんな僕の目の前にあったのは、
膨大な数のロボットと、恐怖に怯える貴方の姿と、
一つの窓でした。
ガラガラと崩れていくその窓から、
同じようにガラガラと崩れていくジグラットが見えました。
そして数限りない星が降ってくるのが僕の目に映ったのです。
シリウスしか知らない僕の目に、
光り輝きつづける星がこのメトロポリスに降り注いできたのが見えました。
この先に見たものはもう夢だったのかも知れない。
ふらつく足で窓の方へ体を向けた僕の目に、翼を失った天使が落下していくのを。
彼女のまわりにも星は輝きつづけ、
落下していく天使はそれでも天使らしく空を見つめていました。
天使は、空へと羽ばたく翼がないことに気づいていたのでしょうか?
いいえ、きっと彼女は気づいていました。
それでも、彼女は絶望などせずに最後まで自分の愛した空をみつめていたに違いありません。
僕はそんな彼女をとても羨ましいと感じました。
最後の最後まで一つのことに恋焦がれていたように僕には見えたから。
何か一つのことに熱中できたことなんてあったでしょうか?
あぁ、そうか。
一つだけ。
一つだけ確かに覚えている幼い頃の僕の生きがい。
たった一人の家族の貴方に微笑んでもらおうと、必死で覚えた、
僕の名前の綴り。
星の降る夜に、
純白のドレスを纏った金髪の天使が堕ちていく。
星の降る夜に、
バベルの塔が崩れていく。
星の降る夜に、
僕は、貴方と同じ「紅い」血を流しながら死んでいく。
メトロポリス = 母なる都市。
お父さん、母ってなんですか?