おり

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さぁ、手を掲げて神に縋ろう、縋ろう。

さぁ、星に願いを、託そう、託そう。

宇宙の果てからでは私を見つめることはできない。

磔の聖母を救うことはできない。

だから、歌おう、歌おう。

この世界を神が救ってくれるまで。

涙なんて流せない。

だってここには感動できるものが何ひとつないのだから。

そして私は知っている。

空に浮ぶ星々は、無責任な神々の目だということを。

だから私の目には星がうつらない。

何もしてもらえないのなら、期待など必要ないのだから。

だけど、神に縋ろう、縋ろう。

だけど、星に願いを、託そう、託そう。

救いの手は差し伸べられないと知っているけれど、

それでも心の休まる場所が欲しいから。

(ディマンダル王国国歌)

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「よって、被告人:アルシエヌ=クラウストロフォビアは四肢切り落としの後、斬首刑に処すものとする。」

 裁判長の言葉に大衆は歓声をあげた。ここのところ少なかった偽装裁判、世間で言う所の『魔女裁判』である。

もちろんのこと証拠はでっちあげ、裁判官達は、信じ込みやすい平民の性格を利用して『公開』するものとして町の広場で裁判を行う。

 ・・・とりあえず、ミセス・クラウストロフォビアの裁判の一部始終を見届けられる場所に俺はいた。

 斬首刑というのはもちろん、被告人をギロチンで首を落とすのだが、四肢切り落としっていうのがまた、酷な刑である。

ギロチンのようなもので切るものでもなく、のこぎりを使って人の手で切り落とすものでもなく、四肢を縄でつなぎ、縄のもう片方を馬の首に繋いで、

その馬たちを全く別方向に、四肢がちぎれるまで走らせ続ける、というものだった。

しかも、この場合は特別で、まず、夫人の身体を太い柱に繋ぎ、一本ずつ切り落としていくもの、いや千切り落とすものだった。

「パチンッ」

という、誰かが馬の尻を叩いた音が何頭分か重なり、静まり返った広場に響き渡った。

 その次の瞬間、

「あああああああっっっっっっっっっっっっっっ」

という彼女の何とも言えぬ叫びが広場全てを埋め尽くした。

きっっ」

という音が彼女の声をバックミュージックにして聞こえた。脱臼したのか、それとも普通に骨折しただけなのかわからなかった。

わかったのは、彼女の手がすでに血の巡りの悪さのせいで青みがかってしまっているということだった。

「プッッ」

という音が今にも聞こえてきそうだった。

彼女はとうの昔に気を失っており、その清楚なイメージの白いドレスは右の肩口から徐々に赤く染まっていき、

すでに青と化してしまった彼女の腕を伝って滴った。

 しかし、彼女はまだ意識を失っているだけで、死んでいるわけではない。

だけど、彼女は待っている。

生きるという苦しみから逃れ、死という快楽を手に入れることを。

そして彼女は自分の運命を恨む。

自分が、『アルシエヌ=クラウストロフォビア』であることを。

違う。

『クラウストロフォビア』の、

『娘』として、

『黒い髪』を持って生まれてきたことを。

 さて、彼女の腕は馬何頭かの力では千切れず、結局誰か隷属身分の者に鉈で断ち切られていった。

その後で他の腕、両足も同じようにして千切られていった。

 斬首の刑では、斬頭台の周囲一帯赤い絨毯が引かれたような状態だった。

彼女の四肢があった部分からは常に血が流れつづけ、彼女の物であった両腕、両足はすでに青く、

それらが綺麗に並べられているところに彼女の血は静かに滴った。

 彼女のドレスは白い肌を強調するかのように濃く赤く染まり、風にさらさらと靡いていた。

まるであと少しで解放されることを喜んでいるかのように。

 それからもはや生きているのかどうか分からない彼女は何人かの男に支えられ、

ゆっくりゆっくりと斬頭台に横たえられ、

そして。

露と化した。

 俺はあまりの酷さに呆然として、家路につく大衆の迷惑となりながら、地面に吸い込まれ損ねた血溜まりに映る空を眺めていた。

すると、その血溜まりに髪の長い女の子、が映ったように見えた。

幻だったのだろうか。

振り返ると、俺以外は誰もそこにいなかった。

でも、偶然は出来すぎた恋愛小説のよう。

 翌日、俺はたまたま町の仲間から手にした就職ビラを持って、光無き塔-ライトレス-へ行った。

俺のような卑しい身分でも、『希望者がある』のなら誰でも雇ってくれるのだそうだ。

「いやぁ、待っていたよ。よく来てくれたね。我々もほとほと困っていたところなんだ。」

 光無き塔へ入るなり、このような待遇を受けて俺は少々戸惑った。

仕事内容は一体なんなのか。何故こんなに報酬が高いのか。

「仕事はいたって簡単。女の子の世話をして、普通の生活をさせることなんだ。」

―女の子の世話?―

「女の子の世話なのに、何もこんなところで・・・。可哀想じゃないですか。」

 すると、彼は俺に小声でそっと伝えた。

「彼女は、『アルシエヌ=クラウストロフォビア』の娘なんだよ。」

と。

なんだって、クラウストロフォビアだって?

「でも、彼女の世話って一体どういうことを・・・。」

「何、彼女に昨日の出来事を忘れさせて、我々市民を恨まないようにしてくれればいいんだよ。

あれから気性が激しくなってしまってね、ここに監禁する‐イレル‐のには苦労したよ。」

 彼は他人事のように言った。

「とりあえず、見に行ってみようか。こっちだ、ついてきたまえ。」

 俺は素直に彼の後ろへまわり、通されるがままについていった。

風通しがよい、というより壁に穴が開いているようで、風の音が大きい。

しかも塔の中の螺旋階段を登って行けば行くほどその音は大きくなっていき、

目的の場所に着くと同時にそれは風の音ではなく、例の彼女の唸り声だということが分かった。

「この程度で怖気づいては駄目だよ。さぁ、この窓から中を覗いてみたまえ。」

 言われるがまま覗いてみると、朧げな電気の灯りの中に長い黒髪を持つ女の子が見えた。

「可哀想にね。彼女は純粋なクラウストロフォビアなんだよ。」

「はぁ、道理で・・・。」

 『純粋なクラウストロフォビア』というのはつまり、父親、母親共に黒髪で、

尚且つクラウストロフォビア内の血縁結婚で生まれた子供のことを指している。

 ということで俺はこの『閉所恐怖症』の女の子の世話をすることになった。

 さて、彼女は魔女だ。いつかは民衆に殺されるだろう。

 しかし、何故彼女が魔女と呼ばれるのか?

 それはいくつかの点に分けて肯定される。

 一つ目の点として、クラウストロフォビアという古からの魔女の家系に生まれ、生まれながらの閉所恐怖症‐クラウストロフォビア‐であること。

 二つ目の点として、黒髪であるということ。

『黒』はこの国では魔女・悪魔といった人間に害を与えるものの象徴として扱われ、

その色の髪を持つ者は悪魔と契りを交わした者の子孫として見なされ、市民から忌み嫌われるのである。

 最後に、女性であるということ。

女性は子供を身ごもり、子供を生む。

つまり、子孫繁栄の象徴である。よって、魔女の血を後世に残す者として魔女である女性は男性よりもひどい処罰を与えられるのである。

 以下の三点から彼女は世間から『魔女』として肯定され、この光無き塔にいるわけである。

「彼女、名前はなんですか?」

「あぁ、名前、か。ここの者はみんな『ブラキュリア』って呼んでるよ。『黒』をもじったんだ。

ま、いろいろあると思うけど、これからがんばってくれたまえ。」

 彼はそういって俺に給仕係としての仕事内容を簡単に告げたあと、ゆっくりと階段を下りていき、やがて俺の視界から姿を消した。

 しばらくして浅い眠りから目覚め、窓の外を見ると、目印の巨木に太陽がちょうど差し掛かるところだった。

俺はブラキュリアの昼食を受け取りに、眠気を少々感じつつも下へと降りていった。

「はい、新人さん。」

 昼食ののったトレーを手渡されながら聞きなれた声に俺は顔をあげた。

「やっほう、テンダー。」

「ヘ、ヘイトレッド!なんでこんなところにいるんだよ?」

「ここの仕事、意外と儲かるって聞いたもんだから、あたしも来ちゃった。」

 彼女は俺と同じストリートで育った、言わば『きょうだい』みたいなもので、ここで給仕係として働いている俺に対して、

ヘイトレッドは炊事係としてここの住人のために食事をつくる係らしい。

 つまり、世話といってもいろいろな役職があるわけだ。俺のような給仕係がいれば、ヘイトレッドのような炊事係もいるし、

他には風呂係とか、掃除係。どいつもこいつもみんな俺のようなストリート出身のようだった。

確かに、町人以上の階級の奴らは、たったこれだけの仕事だって、魔女の家系の者の世話だっていうだけで、嫌がって誰もやりたがらない。

だから、日給も思ったよりはずみ、この仕事一日で俺は三食分の金を手に入れた。

「ほら、冷めちゃうじゃないの。さっさと行った、行った!」

 ヘイトレッドの言葉に急かされて、俺は塔の急な螺旋階段へと足を運んだ。

 小さい丸いパンが二つと、野菜のはしきれが二つ、三つ浮んだスープ。

 貴族の家系なのにクラウストロフォビアというだけでこんなものしか食えないなんて不憫だな、と俺は思った。

 たまたまクラウストロフォビアの人間に生まれてきてしまったがために彼女は光無き塔に幽閉されて、知らない誰かに世話されて。

・・・・・・そうだ。

 おせっかいな俺は咄嗟に思いついた。彼女と話をしてみよう。

ドアの隙間に食事のトレーをただ押し込むのではなくて、目的にそって彼女を普通の女の子にしたててやろう。

 俺は少しの、なんだか分からない期待を持って、朝食をブラキュリアのところまで持ってきた。今は、さっきのような唸り声はもうしなかった。

俺は一回深呼吸をして、そしてドアのノブを、ゆっくりと、それはもうゆっくりとまわした。

 しかし、ドアはそう簡単には招かれざる来訪者を迎えてくれようとはしなかった。

 その頑固なドアは、

「ガタッ」

という小さい音をたてて俺の侵入を阻んだ。そして次の瞬間ブラキュリア独特のヒステリックな唸り声があたりを包み、

慌てて俺が押し込んだトレーを彼女はひっくり返し、部屋の中で散々暴れまわったあと、元の静けさに戻った。

もちろん、俺が役人に怒られたのは言うまでも、ない。

 しかし、この後彼女が言葉を喋るということに気づき、かなり驚いた。

「さぁ、ブラキュリアさん、お風呂に入りましょうね。」

「えぇ。」

 彼女はしっかりと返事をしてばあやさんと一緒に浴場へ行ったが、その後に警備兵のような奴等が三、四人ついていったのを目にした。

 あんな少女が何もできるはずないのに。

母の仇と称してか。

母の仇として、

一体誰を、

その細い手にかけようというのか?

 とりあえず、今のところ彼女はそんなことができるようには見えず、ただ普通の少女としか俺の眼には映らない。

ただ普通の少女としか。

 とりあえず、個人的興味、好奇心というものが先立って、俺は彼女が風呂からあがってくるのを待った。

 しかし、誰よりも早く俺の前に現われたのは、さっきのばあやさんだった。

ばあやさんは不思議そうに自分を見ている俺を尻目に、知り合いの女性といくつかの会話を交わした。

「おぉ、いやだ。やはりわたしにはこの仕事は無理でしたよ。」

「どうしたんですか、急に。」

「さっきね、あの娘を風呂にいれてやっていたんだよ。そうしたら、・・・・・・あぁ、言うだけでも恐ろしい。それでは失礼しますよ。」

 俺は、一体彼女はどうしたのだろう、と思いながら彼女について考えていた。

この後、何が起こるのかということは何も考えずに。

 ばあやは私を風呂に入れたあと、私を嫌ってここ-光無き塔-を去っていってしまった。

 私が最後に見た彼女の姿は・・・・・・うつ伏せに倒れた状態だった。

「クラウストロフォビアの中のクラウストロフォビアとは・・・・・・、なんという娘なんだろう。穢れた血が全身に流れているよ。」

でも、他人には何も言わなければ分からない。

でも、自分の心には何も隠せない、嘘はつけない。

彼女の態度の豹変ぶりを憎んだことを。

自分の背中の傷が何を意味するのか知っている彼女を憎んだことを。

 彼女は知っていた。それを私は憎いと思った。この傷のことを知っている者なんてこの世には私一人だけでいいと思った。だって、

必要ないことを知るなんて余計でしょう?

 彼女は要らないことを知ってしまった。

 だから、消えちゃった。

私が、消しちゃった。

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 【ディマンダル王国】

   我が国史上唯一の魔女国家であり、ある意味、もっとも栄えたであろう国家。魔法能力を持ち、性質は各々で異なる。

   最も強力な魔力を持つとして恐れられたのが、ディマンダル王国国王、アトロシャス=クラウストロフォビア一世である。

   彼の建国については別紙参照。アトロシャスは己の魔力を楯に、魔力を持たない町民を迫害したり、奴隷として扱うなど、

   横暴の限りを尽くし、最後には町民の手で殺された。この後、我が国は民主制国家となり、平和な世となったのである。

   なお、ディマンダル王家の血をひくクラウストロフォビアの中でも王位継承権を持つ者は、背中から腰の間に王家の紋章

   をあしらった刻印をもつ。

「なるほど、ばあやさんはあの時代を知っていたんだな。」

と、俺は思った。最後に別れの挨拶をしていた時にばあやさんは倒れ、

そして、

『ディマンダル』という言葉を残して彼女は一生を終えた。

 そして俺は死体仮置き場-デッド・ハウス-に連れていかれるばあやさんを見送った後、

『ディマンダル『という言葉の意味を調べにこうして国立図書館に来たわけだ。

ここは資料も豊富で、実物が展示してあるから人も多い。しかし、みんな研究熱心らしく、すごく静かだ。

「ブラキュリアは王位継承者だったのか・・・・・・。」

 ばあやさんは別にクラウストロフォビアっていうものには執着しなかったけど、なんらかの理由があって王家に強い嫌悪感を抱いていたんだ。

それでブラキュリアを風呂に入れた時に、背中の刻印を見て知ったんだ。彼女が王位継承者であることを。

 俺は資料展示館にある王家の紋章の焼き鏝のレプリカを見つめながらそう憶測をした。

 そうして、俺は前以上に彼女に対する好奇心を持ち、仕事やりに光無き塔へと向かった。

 ヘイトレッドから夕食のトレーをもらった俺は、

「今日はやけに人気なくない?」

と言うと、彼女は、

「ばあやさんの一件からみんな怖がってやめちゃったのよ。」

「お前はやめねぇの?」

「だってこれぐらいしかあたしには働き口がみつからないんだもん。」

と、言ってヘイトレッドは、俺にさっさと行け、という仕草を見せた。俺は回れ右、をして螺旋階段へと向かった。

 螺旋階段はこの塔と一緒で石造りになっていて、時々夜の灯りのためにろうそくたてが壁のくぼみにおいてある。

 そうして、俺は二度目の挑戦に入った。

 当然、私の部屋にノックもせず入ってきたのは、今朝の若い青年だった。ドアに鍵がかかっていないことに少し驚いていたようだった。

「よぉ、夕食だ。」

 彼は夕食の入ったトレーを机の上の置き、しばらく私の反応を見ていたようだけど、私は返事をしなかったので彼はそのまま話を続けた。

「しかし、ドアの鍵がかかってないんだったら、『どうぞ、逃げてください』って言ってるようなもんじゃないか。」

「だってそうなんですもの。」

 無意味な会話をひろげてくる馴れ馴れしい彼に私はムッときて、本当のことを言ってやった。

「ばあやが死んだことが波紋を広げて、いつか自分の番が来るかもしれないと思った役人さんが開け放してあるのよ。」

「じゃ、なんで逃げないんだよ。」

「だって、私には・・・・・・。」

帰るところなんて何処にもないから。

「じゃ、ここにずっといるんだな?」

「そう、ね。」

「じゃ、さ。窓開けようぜ、窓。」

「窓?」

 いきなりの彼の発言に私は少し戸惑った。

「だってさ、お前『閉所恐怖症-クラウストロフォビア-』だけど、『暗所恐怖症』じゃないんだろ?

だったらこんなジメジメしたところ変えちまえばいいんだよ。どうせ死ぬまでいる気なんだろ?」

 彼は呆気に取られた私を見て、にやにやしながら言った。」

「窓・・・・・・。」

 私はあらためて自分の部屋を見回すと、そこには開かないよう細工され、黒く塗られた窓があるのを見つけた。

「なんだ、あるじゃないか。」

 そういって、彼は部屋を出た。そしてしばらくした後、工具をたくさん持ってまた私の部屋へ入ってきた。

「よし、始めるぞ。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。」

 なんて人なのかしら。役人の了承も得ずに一体何をやろうとしているの?ここに窓を作るですって?あの窓を壊すつもりなのかしら。

「そういうことはきちんと了承を得てからやるものでしょう?」

「窓、いらないのか?」

「そういう訳じゃないけれど・・・・・・。」

「じゃ、欲しいんだな?」

「・・・・・・。」

「よし、開けちまえ!」

「なんてことを!」

 私の叫びはむなしく、彼の耳には届かずに二刻半もした頃、その少しいびつな形をした窓は完成した。

「ほら、見てみろよ、綺麗だぞー。」

 彼が窓を開くと、淡い潮の香りで部屋がいっぱいになった。私はおずおずと彼の言うがままに窓の外を見渡した。

そこには。

高い青い空、

遠い青い海。

「お母さん・・・・・・。」

 ふとそう言ってしまった。小さい頃大好きだった祖国の話。私の国、ディマンダル。

ここも領地の一つだと聞かされて、とてもいい場所なのよ、と聞かされて。

 でも、お母さんは消えていった。大好きなこの場所で。それはよかったことだったのかしら?

黒い髪と、赤く染まったドレスと、青い・・・・・・空と。

お母さんは祖国を想って消えていったの?

「恋しいんだな。」

「貴方にはきっと分からないわ。たった一人の肉親だったんですもの。」

「違うよ。」

「え?」

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「な・・・・・・。」

「ちょっとだけ国立図書館で調べたよ、メイリア。」

「・・・・・・!」

早く出て行って!

「出て行って!」

「え・・・・・・?」

「早く出て行きなさい!」

私の『黒い』ところが出て来てしまう前に。

「ぅぐっ。」

 しかし。何故か憎しみという感情は出てこず、悲しさでいっぱいになった。私は部屋で、胃の中の物全て吐き出した。

まるで今までの全てを吐きけせるくらいに。

「げぇっ、ぅぐっ、く・・・・・・。げえぇ・・・・・・。」

 吐いて、吐いて、吐き「つづけた。気がつくと、さっきの彼は私の背中をさすってくれていた。

「ヘイトレッド!早く!」

「はいはい!今行くよ!人にはこれだけタオル待たせて自分はさっさと行っちゃうんだから・・・・・・。」

「大丈夫?ブラキュリア。」

「違うよ、こいつは・・・・・・。」

「やめて、私をその名前で呼ばないで!」

私をその名前で呼ぶことができるのは。

私の、お母さんだけ。

「とりあえず、私タオル選択してくるね。」

「あ、頼む。」

「なぁ、・・・・・・。ブラキュリア。祖国や母親に執着するの、やめろよ。そんな風に自分を攻め立てたって、二つ共戻って来やしないんだ。」

「なぜ?私たちは悪くないわ。悪いのはあなたたち町民や貴族や役人じゃないの!

なぜやめろなんて言うのよ。今のこの国の原型を作ったのは私たちディマンダル王家なのよ!」

「メイリア、過去に執着するお前・・・・・・、

醜いよ。」

「なんですって?」

「あなたに私の何が分かると言うの?少しだけ国立図書館で私の国を調べたからって全て分かった気になっているんじゃないわよ。

私の気持ちなんて少しも分かっていないくせに。お母さんだって死ぬ間際をしばらく見ていただけじゃないの。」

 憎悪、嫌悪、恨み、妬み、いろんなものが私取り囲んだ。ゾウオ、ケンオ、ウラミ、

そして、・・・・・・ネタミ。

 こんな境遇で生まれてきた自分、私を生んだお母さんへの恨み、

そして、私たちのような過去の行動に対する恨みを持つ者にいつ襲われるか分からない恐怖を知らず、

ただ『普通』に生きている者たちへの、妬み。

 気がつくと、

あぁ、黒い気持ちを持った自分は、お母さんまでも恨んでいたんだな、と分かり、暖かいものが頬を伝った。

 でも、彼が憎いという気持ちは消えてはくれなかった。

 私はそれを必死で抑えて、気を紛らわせるために、すっかり冷め切った夕食に手をつけた。

丸いパンが二つに、野菜のきれはしが二、三浮いたスープ。

 いつもと同じ、冷めていること以外何も変わらない味。

 でも、黒い気持ちを持った私は、何を急に考え付いたのか、夕食を口に運ぶのをやめた。

「落ち着いたか?」

 彼が私の濡れた頬を白いタオルで拭きながら尋ねた。

 なんでこんな時に貴方は優しくしてくれるの?

私の心は黒い気持ちでいっぱいなのに。

「もう、大丈夫。ごちそうさま、もういらないわ。」

 私は左手でトレーを彼に渡した。右手を少し後ろに隠して。

「そうか。」

 彼はそれだけいうと、私からトレーを受け取り、くるり、とまわってドアから出ようとした。

「ねぇ。」

 彼が振り返る。

 今だ。

私は右手に持っていたフォークを彼に向かって振りかざした。

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 その時、俺は一体何が起こったのか分からなかった。ただ、メイリアに呼ばれ後ろを振り返った時、左目に鋭い痛みを感じて床に座り込んだ。

てのひらで目をかばっていると、頬に何か暖かいものがつたった。

 何かあったっけ? 嬉しいこと?

 それとも、      寂しいこと?

 俺は右目でメイリアを見上げると、彼女は今までにない、優しい微笑みを浮かべていた。

でも、泣いていた。

 彼女は、ゆっくりと俺に近づいて、跪き、そしてゆっくりと口付けた。

 彼女の唇は、赤く、温かく。

 目からは静かに間にだを滴らせていた。

「待てよ。」

と言った俺に対しての彼女の返事は、

「さようなら。」

だった。

ナゼナイテイルノ?

 彼女が部屋から出て行き、左目の痛みが少し薄らいだ時、てのひらを目から離して俺は驚いた。

 てのひらは彼女の唇の色くらい、アルシエヌ=クラウストロフォビアの血の色と同じくらい赤く染まっていた。

見ると、俺の足元にはフォークが転がっていた。

これか。

 とりあえず、ヘイトレッドに応急処置をしてもらいに行こうとしたその時、ヘイトレッドの金切り声が聞こえて、

「プヤッ」

という謎の音がその後に聞こえた。

 慌てて駆け下りてみると、身体の内部から爆発したような肉片が台所に寄りかかっていた。考えずとも分かるとおり、これがヘイトレッドだった。

なんの理由もないくせに、何故メイリアはヘイトレッドを?

 塔を出てしばらくいくところに、メイリアはいた。

 メイリアは罪人として捕縛されたところだった。

 彼女は俺に向かってずっと笑顔でいた。

理由はないはずなのに。

 彼女の人生最後の日。

 彼女はいつもと変わらぬ格好でいた。

 黒い髪、黒い服、そして、白い肌。

 実刑判決が言い渡されたあと、急に空が灰色に染まり、雨が降り出した。彼女は悲しげだった。

 役人の一人が、大きな棺を持ってきた。彼女の刑はこれだ。

内部に針が数十本以上ついている棺におさめ、血を抜き取るという、刑。

別に血を抜き取ることに意味があるのではなくて、棺に納めるということに意味がある。

 だって、彼女は『閉所恐怖症-クラウストロフォビア-』だから。

 彼女は最後に、自分の国の国歌を歌った。最後に一つ、つけたして。

彼女は本当の気持ちを述べたのか。

さぁ、手を掲げて神に縋ろう、縋ろう。

さぁ、星に願いを、託そう、託そう。

宇宙の果てからでは私を見つめることはできない。

磔の聖母を救うことはできない。

だから、歌おう、歌おう。

この世界を神が救ってくれるまで。

涙なんて流せない。

だってここには感動できるものが何ひとつないのだから。

そして私は知っている。

空に浮ぶ星々は、無責任な神々の目だということを。

だから私の目には星がうつらない。

何もしてもらえないのなら、期待など必要ないのだから。

だけど、神に縋ろう、縋ろう。

だけど、星に願いを、託そう、託そう。

救いの手は差し伸べられないと知っているけれど、

それでも心の休まる場所が欲しいから。

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 棺に彼女は嫌がらず入っていき、そして死んでいった。彼女は赤い涙を流していたけれど、他には何も変わった様子はなかった。

アルシエヌ=クラウストロフォビアの時は白いドレスが赤く染まったけれど、黒いドレスは赤を含んでより黒くなっていた。

 黒い髪、

 赤い涙、

 灰色の空。

 俺は彼女が死ぬ間際まで祖国をしのばせる色を目にすることができなかった。彼女は青い空を求めていたのに。

 黒い髪、

 赤い血、

 青い空。

 この三色がディマンダル王国の国旗として使われていて、彼女の母親はこの色のもとで死んでいった。

 彼女の言葉は、

 祖国、ディマンダルであったこの地に住む人々を許す、と言ったのか、

 それとも、

 必ず復讐をとげてみせると言ったのか、

それは、さだかではない。

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FIN


ましょまろ☆れもんことユーナのちょっとしたお話。

どうも、こんにちは、はじめまして。ましょまろ☆れもんことユーナです。

このたびはわたしの書いた「おり」を読んでくださってありがとうございました。

でも、この話はまだ構成練り練り中に慌てて書いたものなので、さっぱりワケが分からない方が大半だと思います。すみません。

さてさて、登場人物テンダーくんは英語の慈しみから持ってきました。

            ヘイトレッドは憎しみ、

            メイリアはMARIAをもじったものです。

それからディマンダル王国は、求める、という意味であったんで、持ってきてみたものの、本当にこれでいいのかどうかさっぱり分かりません。

 今回のテーマ、色ではおわかりのとおり、『黒』であります。

黒って色好きなんですよね〜。なんか上品で。へへ。

あとがきってこんなもんでいいのかな、と今年も思ってしまうましょまろ☆れもんことユーナです。

これを読んでる受験生!誰か他の作品に圧倒されて、来年は―――高校文芸部に入ろう!

 よし、入部だ!レッツ・エンター・ザ・リタレリー・クラブ!

・・・困ったなぁ。本当に書くことないや。

では、駄文に目を通してくださってありがとうございました。

来年も暇だったらよろしくお願い致します。

ではでは。

文芸最高!!

↑場所埋め。

ましょまろ☆れもんより。


あとがき。

〜この小説をHPに載せるにあたって〜

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こんにちは、ましょまろ☆れもんことユーナです。

受験期対策オリジナル作品公開作戦第5弾です。

この作品もなかなかの思い出がありましてねぇ・・・。

締め切り当日にほとんど終ってなくて、この作品を書き終えて、学校にいったのが、なんと!

締め切り当日の昼休み。

・・・なんですねぇ・・・。

学校の同じ部活の子数人にも、なかなか気に入られているこの作品。

ありがたいことです、本当に。

毎年、神奈川県の文芸部で、集まりみたいのがあって、お互いの部誌交換とかもするんですけど、

部誌評価、っていうのがあるんです。

その中でいろいろ製本の精度が悪いだのなんだの言われるんですが、

2校ばかり「おり」が良かった、って書いてくれたんです★

その片方の学校がコメントまで書いてくださってて、

「暗い話は基本的にダメなんですけれど、これはなんだか好きです。」

って書いてあって、もう、もう、もう!!

舞い上がる。

この話は結構長くなっちゃって、あとがき含めてB5で19ページでした。

どうりで印刷するのに時間がかかったワケだ。<自宅プリンター

この話が、前回の「しだれ桜が散るころに、新緑の若葉が芽吹きだす」の使いまわしなんです。

主人公が朝、学校へ登校中に、若葉の桜並木をとおる途中、

黒いワンピースをまとった女性を、霧の向こうに見る・・・、

っていう設定を、水溜りに変えて使っちゃいました★

使った、と言えばキスシーン。

某油まみれ・・・にも似たようなフレーズがありますが、

こっから持ってきたというのも否定できなくない・・・んです(汗)。

ああいう表現方法が何分好きなもんで・・・、

まだまだ修行が足りないようです。

もっと他の表現を見つけるように務めましょう。

・・・見つからなかったりして(笑)。

今回のほぼサブタイトルと言っても過言ではない、クラウストロフォビア。

閉所恐怖症、という意味の英語です。

実は。

LUNASEAの曲名なんですねぇ〜!

いや、あはは。

当時、「SINGLES T」のDISC2にハマっていて、その1曲目がこれだったんです。

どういう意味だろう、と調べてみたら、こんな意味で。

あ、いい!

なんて思ったので、即使わせていただきました。

題名は「おり」なんですけどね。

おりって、何かものを閉じ込めておくようなものですから、

精神的なものでもいいのかな〜、なんて思ってみたりしました。

当時はそんなこと考えていたどうかは分かりませんが。

テーマは色です。

黒、という色については上で語っていますが、

もの悲しさがあるのもまた一つの理由です。

どうしてこんなことになっちゃったんだろうね・・・。

的な悲しさといいましょうか、こういうのを表現するのも黒だと思います。

どピンクじゃこうもいきません(笑)。

今回の色では、みんな楽しい話を書いていました。

色って想像が拡がるようですね。

テーマもので、それぞれの考え方の違いを知るのもまた楽しいことです。

いやはや、全く。

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