しだれ桜が散る頃に、新緑の若葉が芽吹きだす。

 

 

わたくしの家は、代々お国のお殿様にお仕えしておりました。

わたくしの時代はお殿様のお触れにより、キリシタンになることを禁じられておりました。

わたくしの家族に誰一人として、キリシタンはおりませんでしたので、

そのお触れには、なんの害もございませんでした。

ある嵐のひどい晩、博多を出た船が難破をしたのでございます。

しかし、その次の日は、昨晩の嵐を連想させるものが何一つないほど、

とても気持ちのよい朝でしたから、わたくしは海岸を散歩することにいたしました。

砂浜は昨夜の雨のせいでしょう、さらさらと鳴かずに、さくさくのわたくしの足のしたで笑っておりました。

空には鴎が何羽かおりまして、しきりに何かを叫んでおりました。

その泣き声に何故かわたくしは胸騒ぎをおぼえ、

鴎らの飛んでいるちょうど下の方へ向かって歩いていきました。

そうしていくうちに、わたくしは砂浜に異国の服を召された殿方が倒れておられるのを見つけたのでございます。

わたくしはあわてて駆け寄りました。

鴎らがそのお方を突付いたりしておりましたのを払いのけまして、

館の者らを呼びつける笛を鳴らしました。

父上さまはこのお方をあまり歓迎いたしませんでした。

ですが、わたくしの、せめてこのお方の看病がいらぬ程に回復するまで、というわがままに、しぶしぶ頷いてくださいました。

まず、上にお羽織になっていた着物をお脱がせして、布団に横にしました。

異国の服というのはなんとも奇妙なものでございました。

その次に、手拭いでお顔の汚れを拭いまして、その後にお布団をかぶせました。

そしてわたくしは台所へと向かいまして、お食事のしたくをいたしました。

わたくしの家はたとえお殿様にお仕えしていると申しましてもそれほど裕福な家柄ではございませんでした。

ですからお食事は非常に質素なものしか作る余裕がございませんでした。

 

わたくしが障子戸を開けますと、

「誰ですか。」

と、非常に流暢な日本語が返ってきました。

わたくしは、まさか日本語をお話しになるとは思いませんでしたので、

とてもびっくりしてその場から走って逃げてしまいました。

台所に行って、ばあやに、

「あら、ちよ子さま、お食事をどうなさるのですか。」

と、言われるまでお食事をお渡しするのを忘れていたのに気がつきませんでした。

ので、きまりが悪いものの、もう一度お食事をお渡しに行くことにいたしました。

少し両手に力をいれて、障子戸を開けました。

すると、また、

「誰ですか。」

と、さきほどより少しやさしい口調でわたくしの名前をお尋ねになりました。

わたくしは、顔をしたに向けたまま、

「ちよ子にございます。」

「僕は、ておどーるです。」

と、わたくしたちはお互いに自己紹介いたしました。

”ておどーる”さまは、三年ほど博多の方に住んでいらっしゃって、これから”英吉利”の方へとお帰りになるところだったのだそうです。

わたくしたちは実に三刻ほどおしゃべりにふけってしまいました。

毎日、このような調子で、父上さまにお叱りを受けてしまうほどわたくしたちは仲良しになりました。

 

近頃は羽織など必要がなく、桜のつぼみがふっくらとしてまいりました。

”ておどーる”さまはわたくしの家のしだれ桜が好きだとおっしゃいました。

わたくしも小さい頃からこのしだれ桜が大好きでございました。

わたくしにとってこのしだれ桜は顔も知らない母上さまの代わりなのですから。

お食事は一日に三回、決まった時間でもっていきました。

そしてわたくしは”ておどーる”さまにフシギな異国のお話をたくさんしていただきました。

色とりどりの着物のこと、わたくしたちと違う町並みのこと、むこうのお食事のこと、たあいの無いお話ではありましたが、

わたくしは”ておどーる”さまのお話を取り付かれたようにじぃっと耳を傾けておりました。

ところが、ある日父上さまからとうとう”ておどーる”さまとお話をいてはならないというお叱りを受けてしまいました。

 

桜のことをお話しようと思っていましたのに・・・。

今日、とうとうしだれ桜のつぼみが開きました。

桃いろの花をたくさんつけて、まるで一つの傘のようでございました。

そこで、わたくしは考えました。その日、お勤めで父上さまが不在で、

わたくしたちが言葉をかわせるようなら花を茎からとって茶碗のかたすみにのせておくこと。

もしそれが無理なら花びらを一片、同じようにのせておくことにいたしました。

ところが、そんな約束ごとは必要ございませんでした。

父上さまは毎日お役所へお勤めにいかれたからでございます。

わたくしたちは父上さまがいないのをいいことにずっとおしゃべりを続けておりました。

ところが。

それから三、四日経ちました頃、お役人さま方がわたくしの家にたくさんいらっしゃいまして、

家の中をさんざん荒らしまわったあげく、”ておどーる”さまを牢屋につれていってしまったのです。

 

父上さまは何もおっしゃってはくださいませんでした。

ただ、

「心配するな、お前は大丈夫だ。」

と、言ってどこかへ行ってしまわれました。

わたくしはその時父上さまが、『賄賂』を送ったのだ、ということに半分気づいておりました。

そして、わたくしはお触れをやぶってしまったということも。

本来、難破船の乗員の看病などというものは役所へ届けを出して、お役人さまが引き取って、そして療養所へ預ける、というものなのです。

わたくしは、はらはらと零れ落ちる涙を、袖の袂でちょっとふいてから、

そうだ、”ておどーる”さまへの面会に行こう、と思いました。

ところが、お役人さまが言うには、

「自分が捕まりたくないなら、ヤツには会わないことだね。」

と、取り次いでくださいませんでした。

 

数日後、”ておどーる”さまがいなくなられた以外に、何も変わらぬ毎日をおくってまいりました。

しだれ桜はますます美しく咲きほこって。

 

新しく、桜色の鼻緒の下駄を買っていただきました。

歩くたび、カラン、コロンという音がします。

わたくしはその下駄をはいて、町までぶらぶらと散歩にいくことにしました。

海のそばの港町ですから、潮の香りがとても気持ちいいのです。

町を歩くと、元気な町人の声がわたくしの耳に入ってまいりました。

「号外!異人の斬首刑だよ!」

手にとって読んでみると、それは公開ではなく、監獄の中で行われるのだそうです。

「かわいそうに。」

と、いう声が聞こえました。

「どうしてそうおっしゃるのですか。」

と、聞くと公開処刑でない場合は、独断と偏見によるものが多いのだそうです。

罪のない人をなにかといいがかりをつけて、捕まえて、そして殺してしまうのだそうです。

わたくしはその話を聞いて、監獄へ行こうかと、思い直しました。

しかし、わたくしに一体何ができるというのでしょう。

『賄賂』で助けられた身です。

父上さま・・・。

 

「わたくしはお金で助けられたくはありませんでした。」

 

家に帰ると、父上さまがお顔をお見せになって、

「あの男は死んだ。」

と、だけ申されました。

何故かもう、悲しくなりませんでした。

ただ、心のそこから何かがこみ上げてくるだけでした。

そしてその風の強い夜、月明かりのした、わたくしと父上さまは桜並木のとおりを散歩いたしました。

いろいろな話をしました。

最近はお勤めが大変になったことや、お殿様がご病気になられたお話などを父上さまはお話しなさいましたし、

わたくしも漁師の友だちの話や、町の話などを話しました。

「こうしてみると、たまにはお前と夜に散歩するのも、いいかもしれんな。」

と、父上さまは月を見上げながらおっしゃいました。

「あぁ、葉桜が美しい。」

それがわたくしの聞いた最後の父上さまのお言葉でした。

わたくしは桜と、月を見上げたまま感動にひたっている父上さまを、

懐に隠しもっていた小刀で、後ろから切りつけました。

父上さまは、悲鳴をあげずに、後ろにいたわたくしを振り返りながら、地面へ倒れこみました。

わたくしは父上さまのそばにしゃがんて仰向けにかえして、胸のあたりをがむしゃらに突きました。

そのたびにがくがくと震える父上さまを今も忘れることができません。

返り血を浴びたわたくしの着物は、赤い花の花びらをあしらったように見えました。

ちょうちんは道に捨て、ふとその道を見てみると、散った桜に父上さまの血がにじんで、

それはもう美しい赤い絨毯のようになっておりました。

わたくしは月明かりだけをたよりに家に帰りました。

その翌日、父上さまは桜並木のとおりのかたわらで見つかりました。

やぶれたちょうちん、仰向けに倒れた父上さま、そして散った桜の花びら。

上を見上げると、青い空と、生まれてきたばかりの若葉を枝いっぱいにつけた桜がありました。

 

散った者の、あとにのこる寂しさを、この若葉以外に、誰がわかってくれましょうか?

 


あとがき

 

こんにちは、ましょまろ☆れもんことユーナです。

今回締め切りをおしてしまって申し訳ございませんでした。

今回のテーマ、若葉ですけど、桜っぽいですけど、若葉なんです。

桜のあとには若葉が出てくるもんね!

でも梅のあとにも若葉はでてくるよね!

あぁ、困った。

でも、記念祭特別号はちゃんと締め切りに間に合わせますから、今回のところは勘弁してください。

お願いします。

 

それから。

 

時代背景を、本気にしちゃっちゃあ、ダメよ☆

 

うそっぱちだからね。

分かるか、そんなことぐらい。

分かって念。

いつの時代だかも分からないし。

では、あとがきを読んでくれてありがとう!

本文も読んでね!

 

ましょまろ☆れもんより。

 


あとあとがき

〜この小説をHPに載せるにあたって〜

 

・・

・・・

・・・。

なんだか当時のあとがきがかなりハイテンションなのですが(汗)。

とりあえず、受験期対策オリジナル作品公開作戦第4弾です。

これは土壇場で思いついた話なんですが、友だちがえらく気に入ってくれていて、いやはや嬉しいのです。

当初考えていたのとは違って、時代風にしました。

本当に、自分が思いつくままに書いていったものなので、「テオドール」という名前がイギリスの名前なのかどうか・・・、あわわ。

この話も、今となっては私の一部分で、これと、一つ前の作品「Doors for everyone」とが重なって、次回の作品ができるワケです。

ちなみに、今回のボツの案が次回の作品へとまわっております(笑)。

ちよ子さんのデザインとしては、身長は160cmくらいの平均身長、って感じで(昔の人はそんなに背が高かったのか、という質問はさておき)、

ておどーる氏と初めて面と向かった時なんて、足の先から頭の先っちょまで真っ赤にして走り去っていく、なんて感じのかわいらしいイメージです。

今回重要だったキャラクターっていうのはちよ子さんぐらいしかいなかったので(をい)、

お父さんとかておどーる氏についてはあまり考えていませんでした。

裏設定なんてないし。

今回のメインはちよ子さんと桜かなぁ、とも思いますね。

あんまり昔のことすぎると思い出すのに苦労します、はぅ。

このお話は桜が蕾を出して、咲いて、散って、葉が出てくる、という短い期間のお話でしたから、

かなり短い恋愛話だったといいますか、なんといいますか。

題名もそのまんまなんですけどね。

なんだかこういう文章系の題名もなんだか好きでして。

飾りっぽくて好きです、こういうの。

ちなみに、どうして桜が染井吉野じゃなくて、しだれ桜なのかと申しますと、

我が家に、しだれ梅があるからです。

梅?!

はい、梅です(笑)。

いや、これがまた綺麗なんですよ。

幹のふもとにあるアロエの鉢十数個を無視すれば(爆)。

満開の時期には道にまで花びらが散っていくので見ものです。

桜は近くに桜並木があります。

小さいときは結構そこまで散歩など行っていましたけど、

最近は全然そっちの方には行ってません。

なんだかさみしいなぁ。

来年はあっちの方まで行ってみようかなぁ。

そうしようっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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