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■■ ギムリ馬日記 ■■

馬になんか乗るものか、と言いながら、一番たくさんの馬に乗せてもらっている(うらやましい)ドワーフ、ギムリの日記から「馬」の記述のある部分を抜粋してみました

この作品は個人誌 Ride on!2に掲載した物です


3019年1月12日

  やはりカラズラスはドワーフとエルフに悪意を抱いているらしい。我々があきらめて下山を決めると雪は小降りになった。相変わらず小憎らしいエルフだけは、雪の上を平気な顔をして歩いている。山を下りるにしても、ドワーフの背丈が埋まるほど雪が積もっているのでは、さすがに人間の力に頼るしかない。彼らがその手足で雪を掻き分けて作った道を、小馬のビルの背中に乗って下った。ドワーフが荷物と一緒に小馬に乗せられるなど、普通なら許せない状況だがこの際しかたがない。


2月30日
  メリーとピピンをさらったオークを追跡して5日目。騎馬の人間の一団に会う。ローハン国の第3軍団長エオメルという若い男は、生意気な口をきく上に、ガラドリエル様の事を悪しざまに言う。アラゴルンが止めなかったら、この斧の露にしてやる所だったが、今はそれどころではない。

  エオメルが、ホビットたちの追跡の為に、我々に馬を貸すと言う。他の人間どもは、エルフに貸すのはいいが、ドワーフには貸せないと言う。ふん、大きな馬に乗るなど、こちらから願い下げだ。しかし、馬の足について走るのは、エルフについて走るよりきつそうだったので、我が友レゴラスの後ろに乗ることにした。

  エルフは鞍も手綱も使わずに馬に乗る。暴れ馬「アロド」が、レゴラスが声をかけるとおとなしくなったのには、正直驚いたが、彼もガラドリエル様と同じエルフ族だということを思えば、当然かもしれない。この馬、柄は小さいくせに力が有り余っているらしく、アラゴルンの借りた大きな馬「ハスフェル」に負けずに走る。その一歩ごとに上に跳ね上げられるのには、尻が痛くて閉口した。しかし、そんなことは、レゴラスには言えないので、黙ってエルフの背中にしがみついていた。他のドワーフには見られたくない状況だった。

  その夜、2頭の馬は野営中に逃げてしまった。なんたること! また、エルフと人間について走らなければならないのか、ホビットたちの行方は未だにわからず、サルマンらしき白い老人があたりをうろついていると言うのに。


  3月1日

  なんたる驚き! ガンダルフが生きて戻ってきた! それも白い魔法使いとなって。そして、その乗馬「飛蔭」の大きくて見事なこと。ローハンの2頭の馬も、飛蔭とともに戻ってきた。我々がガンダルフに信を置くように、馬たちもあの大きな銀色の馬を慕っているらしい。

  メリーとピピンは無事だという。我々は、ローハンの都に向かう。今度は、飛蔭の背の上、ガンダルフの前に乗せられて走ることになった。ドワーフたる者、他人に支えられて馬に乗るなどもっての他ではあるが、相手が「白のガンダルフ」なら、良しとしよう。 ガンダルフもまた、エルフのように手綱も鞍も付けていない。それにこの馬は、アロドと違って、馬とは思えないほど滑らかな足取りで走る。それも、速い。後の2頭が、かなり無理をしてついて来るのがわかる。しかし、この馬は軽く走っているだけのようだ。さすが、魔法使いを乗せる馬だけのことはある。

  馬の揺れ加減が気持ちが良かったので、思わず居眠りをしてしまって、ガンダルフに揺り起こされた。あまり滑らかなので、落ちる感じがなかったから、つい気がゆるんだらしい。何しろ5日間以上、ほとんど休みなく自分の足で走り続けた後だったからしかたがない。


  3月2日

  馬の司とも呼ばれる、ローハンの国の王宮で、ガンダルフが国王を奮い立たせ、サルマンとの戦に向かう事になる。エオメルも出陣する。彼は、ガラドリエル様の事を悪く言った事をわび、和解のしるしに、戦場まで彼の馬に乗るよう勧めてきた。話してみると、なかなか誠実そうな青年である。その馬も立派な軍馬だ。この人間と馬なら、ドワーフが後ろに乗ってやってもいいだろう。

  出陣前に、ローハンの王セオデンから、彼の子供の頃に使っていたという盾を譲り受けた。白い馬の走る姿が浮き彫りになった、見事な品である。もちろん、ドワーフの手になるものには及ばないが、人間の仕事にしてはなかなか良い細工である。

挿絵

  我らは、アラゴルンとレゴラスと並んで馬を進めた。軍団長の馬だけあって、力強い馬「火の足」は、しかしアロドほど上下動が激しくはないので、跳ね飛ばされる感覚はなく乗りやすい(これがアロドのようであったら、人間にしがみついて馬に乗る羽目になる所だったので助かった)。 エオメルの鎖帷子の音も馬の動きに合わせて心地よく響く。


3月3日〜4日

  この数日間、毎日馬に乗って移動する。馬に乗ることが、これほど疲れる仕事だとは思わなかった。尻が痛いだけでなく、太股や腕や背中まで酷い筋肉痛だ。

  角笛城での戦の後、またレゴラスとアロドの背中に乗ってアイゼンガルドへ向かう。馬に乗るのには、だいぶ慣れたつもりだったが、やはりこの馬は、一歩ごとに大きく上下に飛び跳ねるように進むので、落ちないように乗るのに苦労する。レゴラスはそれを楽しんでいる様子なのが癪に障る。このエルフめが。


  3月5日

  倒壊したアイゼンガルドの入り口で、メリーとピピンの無事な姿を見て安心した。しかし、このホビットどもは、こちらの苦労も何処吹く風と、パイプをふかし葡萄酒を飲みながら寝そべっていたのだ。けしからん。生意気な口も相変わらずだ。ともあれ、旅の仲間の6人までが、また相まみえる事が出来たのは、何よりだ。

挿絵

  しかし、夜にはピピンがサルマンの持っていた石を覗いて倒れ、ガンダルフが飛蔭に乗せて走り去ってしまった。あの魔法使いを、それほどうろたえさせる闇の勢力には、心して立ち向かわねばなるまい。


  3月6日

  アイゼンガルドを出て、ヘルム峡谷へ戻る途中、アラゴルンの同族ドゥネダインの一行に出会う。裂け谷から、エルロンドとアルウェン姫の伝言を携えて来たようだ。そして、アラゴルンの愛馬も連れてきた。「ロヘリン」という、アルウェン姫からの贈り物らしい。その馬を見たとき、アラゴルンの厳しい顔が一瞬ゆるんだのを見た者は、そう多くはなかったかもしれない。


  3月7日

  アラゴルンと我々は、ヘルム峡谷から、ローハンの騎士団と別の道を進むことになった。「死者の道」という、聞くも恐ろしい言い伝えのある道だが、アラゴルンはそこを通り死者たちを援軍として戦うという。今日もレゴラスの後ろに乗って馬を進める。


3月8日

  馬鍬砦を出て、死者の道へ向かう。一行に緊張がみなぎっている。不吉な空気の漂う入り口に人も馬も怯んでいる。アラゴルンの皆を率いる強硬な意志の力がなければ、誰も中へは入れなかっただろう。その洞窟には、背筋を脅かすものが潜んでいた。足は鉛のように重く、闇に慣れているドワーフさえその暗さと不穏さに恐怖を覚えるほどだった。我らが愛馬アロドは恐怖のあまり、体中に冷や汗を流して震えていたが、レゴラスが歌を聴かせると、彼について入っていった。死者の禍々しさに恐怖を覚えぬとは、エルフ族よ。

  死者の道で気の遠くなるような長い時間を過ごしたと思ったが、実際は数時間の後だった。だが、出た後も背筋が凍る思いは続いた。なんと、死者の亡霊とその馬たちが我々について来るではないか。レゴラスと殿を進むエルフのエルラダンはやはり恐怖を感じていないようだった。それにしても、死者でさえ統率してしまうとは、人間の王、恐るべし。


  3月10日

  今日もレゴラスの後ろに乗って進む。死者どもはさらに我々の後に迫り、アラゴルンの一喝がなければ追い越してしまうほどだった。レゴラスがカモメを見て、海がどうとか言っていたが、こっちは背筋がぞくぞくしてそれどころではない。


  3月13日

  毎日馬に乗り、あたう限りの速さで急ぐ。ペラルギアの港でサウロンの配下の軍から艦隊を奪う。アラゴルンの命令を受けて敵を襲ったのは、幽霊たちだった。徒歩の者も馬に乗った者も武器はその剣より、人間に与える恐怖であった事は間違いない。

  後から追いついてきたエシアの男たちや、ラメドンのアングボールの騎馬隊で、我々の戦力も増えた。ここから先は、奪った船に乗って大河アンドゥインを船で溯る。


3月15日

  ペレンノール野では、すでに激しい戦闘が行われていた。ゴンドールとローハンの軍は、あまりにも大勢のサウロンの勢力に押されていたが、我々の参戦によって形勢は逆転し、勝利を収める。やっと、馬や船で運ばれるのではなく、自分の足で立って戦う事が出来た。カザド アイ=メヌ!

  セオデン王はナズグルに攻撃され、愛馬「雪の鬣」の下敷きになって命を落とし、メリーとエオウィン姫が負傷した。しかしこの二人は、アラゴルンの治療によって回復した。


3月16日

  アラゴルンやガンダルフたちが、作戦会議を開いている間、ゴンドールの都に入って、メリーとピピンに再会した。このホビットたちが元気でいる姿を見るのは、喜ばしいことだ。何しろ、パルス・ガレンからあれだけ苦しい思いをして走り、さらに恥を忍んで馬に乗って移動して来たのも、彼らの為だったのだから。


3月18日

  いよいよ最終決戦に向けて出陣する。また、レゴラスとともにアロドに背に乗って進む。


3月25日

  ミナス・ティリスを出てから7日目。モルドールの黒門前で「サウロンの口」と名乗る黒装束の人間の軍使が出てくる。恐ろしく大きな黒い馬に乗っている。やつは、フロドが着ていたミスリルの鎖帷子と、サムの短剣、そして我々がロスロリアンでガラドリエル様から頂いた、エルフのマントを持って出てきた。なんたることだ、フロドとサムは捕まってしまったのか。白のガンダルフの強気な態度に交渉は決裂した。相手の条件をのんだところで、サウロンがそれを守るとは思えないから、当然のことだ。軍使が去ると同時に、戦が始まった。今までに増して、激しい戦いだった。我々の形成不利は目に見えている。それでも、西方の人間たちは勇敢に戦った。


夏至の前日

  ガラドリエル様だ!! 遙かロスロリアンから、大勢の美しいエルフたちとともに、ガラドリエル様がゴンドールにおいでになった! その白い馬に乗る姿は、ひときわ麗しく光り輝いている。再びこのように、あのお姿を目にする事ができるとは、なんという喜び!!

  指輪が破壊され、サウロンの脅威は去り、エレスサール王たるアラゴルンの戴冠式も済んで、我々旅の仲間はミナス・ティリスで平和な日々を送っていた。そして王が真実待ち望んでいた、アルウェン姫との結婚式のために、裂け谷とロリアンからエルフたちが祝福にやってきたのだ。


7月18日

  馬の司の王エオメルが先王セオデンの遺体を引き取りに、ミナス・ティリスへやってきた。これでやっと、言葉に尽くせないガラドリエル様の美しさを、彼に見せてやる事ができた。だが、エオメルはこの世で一番美しいのはガラドリエル様とは言えないと言う。なんと、彼は王妃アルウェンを一番だと言うのだ。さもありなん。ガラドリエル様の孫に当たる彼女が同様に美しいのは当然だ。そして、同じ人間の偉大なる王の妃とあらば、彼の考えも理解できるというものだ。


  7月19日

  セオデン王の葬儀のため、レゴラスとともにアロドに乗りローハンへ向かう。旅の仲間もエルフたちも一緒である。ガラドリエル様と旅が出来るとは、夢にも思っていなかった幸福である。奥方の清らかな声の響き、淡い光を放つ黄金の髪。黒髪のアルウェン王妃も勿論美しいが、やはりガラドリエル様がこの世で一番お美しい。

挿絵


  8月18日

  ヘルム峡谷の美しい燦光洞を、我が友レゴラスとともに再び訪れる。まだ、馬の餌やら敷藁が散乱していたが、いずれ故郷のドワーフたちを連れて来て磨き上げたら、さらに見事な洞窟になるだろう。あの、口の減らないエルフでさえ、その美しさに言葉を失っていたのだ。


  8月22日

  アイゼンガルドに着く。レゴラスとの約束通り、ファンゴルンの森へ入って行く事にする。このエルフは、まだファンゴルンを怖がっているのだろうと言うが、そんなことはない。ただ、ガラドリエル様のお顔を拝するのが、今度こそこれで最後だろうと思うと、やはり足が重くなるのだ。

  メリーとピピンの捜索の途中でエオメルに借りたローハンの軍馬アロドも、ここで帰す事にした。今まで、長い道のりをよく走ってくれた、そして激しい戦闘にも勇敢に立ち向かってくれた。さすがローハンの軍馬だ。別れるとなると、名残惜しいが、彼にはローハンへ行けばまた会えるだろう。さらば友よ、青草の茂る国へ帰ってゆっくり休むといい。

挿絵


■「指輪物語」の期間のギムリの日記にある馬の記述は以上です。この後彼は、燦光洞の領主となり、何度かアロドにも会っていると思われますが、その部分は割愛しました。

「指輪物語」の他に、「フロドの旅」バーバラ・ストレイチー著・伊藤盡訳、「『中つ国』歴史地図」カレン・ウィン・フォンスタッド著・琴屋草訳、「THE END OF THE THERD AGE」を参考にしました。


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このページの背景は「トリスの市場」さんからいただきました