夢日記 第二十夜 赤い月 |
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赤い月が笑いながらついてくる。 両側に黒板塀の続く闇に閉ざされた町。家々の屋根は見えるが、塀に切れ目がなく、どこからも入れそうにない。ところどころに四つ辻があり、裸電球一つの街灯と古びた木製のごみ箱が置いてある。どこをどう曲がっても同じような辻に出てしまう。 赤い月は、へへへ、と笑いながら、背中に貼りつくように迫ってくる。 私は次第に気味悪さに耐えられなくなり、足を速める。同じ黒板塀、同じ辻。気が違うほどの繰り返しの中を、赤い月にどこまでも追われながら歩きつづける。 どこからか夕餉の楽しげな話し声と微かな食べ物の匂いが漂ってきた。と思うと、玄関の明かりらしい光が遠くに見えてきた。 ああ、人がいるところにやっと来た。あの家で駅に出る道を尋ねよう、そう考えて足早に近づいた。 すると目の前の角を、明らかに通勤帰りらしい男がすっと曲がった。呼び止める間もなく、男はその家の中に入っていった。 がらがら、ピシャッ。男は黒板塀ごと玄関を閉めてしまった。 話し声も食事の匂いもそれきり。背中で赤い月が、へへへと笑う。 或る辻を曲がったところで、ぐい、と肩を鷲掴みされた。ぎょっとして振り向くと、一本の腕が塀から生えている。 「ここで何をしている」と腕が野太い声で言う。 縮み上がりそうな気持ちを、ごくりと飲み込んだ。 「勝手だろう。放してくれ」 「お前は何も知らぬのだろう」 「馬鹿な。俺は知っている」 「そうか。では、お前の足元の石ころが判るか」 「判る」 足元は土で、靴底で探ると小さな石があるのがわかった。 「その石は何色をしている」 こんなに暗くて色が判るはずがない。言葉に詰まった。出任せでいいと思ったが、それも出ない。 「それ見ろ、お前は何も知らぬ」 とたんに恐ろしい力で引っ張られた。ばりばりと音がして、塀の向こう側に投げ出された。 そこは真昼の町である。ビルが立ち並び、車が走り、往来がある。 路上でひっくり返っている私を人々が取り囲み、嘲笑している。 |