夢日記 第二十五夜   夢の洞窟 Previous Menu Next
 何度も夢に見る巨大な洞窟がある。実は、このことを書き出すとあまりにも大掛かりなことになってしまうので、ためらっていた。これまでの「タブーのあるエレベータ」「奇妙な電車」「ディズニーの町」「大洪水」「死体の多い山」は、すべてこの洞窟に関わる夢である。

 長くゆるやかな坂道を登っていくと、正面の山の中腹に、マッコウクジラさながらぽっかりと口を開けているのが、その洞窟の入口である。知り合いと入ることもあるが、たいていは一人だ。ただし、周囲にはたくさんの人々がいて、まるで遊園地か祭にでも行くように楽しげな様子で、一緒になって入っていくのである。
 中央広場までは統一した造りになっている。まずは巾が広い動く歩道に乗り込まなければならない。床は見渡す限り赤いカーペットが敷き詰められている。左手に迫っている壁は黒一色の岩で、きれいにくり貫いて作られたように滑らかだ。天井もたぶんそうだろう。しかし、どんな仕組みの照明が施されているのか、人のいるところは自然光に近い明るさに保たれている。赤い絨毯の上を白っぽい道が縦横に走っているのが浮かんで見えて美しい。
 入口からついていた手すりは途中からなくなって、どこでも自由に降りられるようになっている。歩道の両側には様々なワゴンが並んでいる。キャンディ・ショップや土産物、衣料品、食料品が主であるが、様々な文化・スポーツ施設のパンフレットや関係書籍、チケットを扱うワゴンもある。もちろん、チケットは各施設の窓口でも求めることができる。軽食のワゴンの周囲にはテーブルがあり、小さなカフェテリアになっているところもある。
 中央広場にはビルがいくつも建っている。ここからは天井がどのぐらい高いのか見当もつかず、もう岩壁も見えない。屋外にいるような気になる。
 広場の中央には円形の建物がある。これは映画や演劇のチケット売り場であり、この広場自体が大小の劇場群に囲まれている。劇場の一つひとつにはそれぞれ独自のロビーがあり、ソファやテーブルが置かれている。ロビーまではチケットなしで入ることができるので、そこで躰を休めている人達も大勢いる。
 施設は、映画・演劇の他に、美術、音楽、スポーツなど多岐にわたっている。自分の嗜好によって中央広場から枝のように別れている通路を選ぶことができる。奥に進み枝分かれするごとに施設は専門化していく。さらに、階下に降りれば施設は低俗化していき、階上に昇れば高級化・前衛化してくる。つまり中央広場に近い施設ほど一般的・大衆的なものとなっている。
 たとえば、遊戯施設の道を進んでいくと、最初はカジノ、遊園地であるが、階下に行くに従って、パチンコ屋、ゲームセンター、丁半賭博となっていき、最後にはポルノ・ショップが並ぶ夜の盛り場、不良の溜まり場、ホテル街に行き着いてしまう。遊戯施設の階上には行ったことがないが、もっと高度な技術を要する遊戯場やブルジョア好みの遊戯場があるのだろう。ゲームセンターにしても広さは半端なものではなく、それ自体何階にも分かれている。ありとあらゆるゲームマシンが分類されてそこにある。

 実は、この洞窟にきちんと入口から入ったことは数えるほどである。たいていはそれと知らずに洞窟の中にいるのである。中にはいくつも駅があり、街もあり、人も住んでいる。それどころか海があり、国もある。だが、出たことはない。出るときは目覚めるときだ。おそらく、この洞窟自体が私の夢の世界なのである。
 ここと「大洪水」に出てきた映画街とは直接つながっている。地下の映画館に入る階段を下っていくと、いつの間にか洞窟の中央広場に出てしまう。「奇妙な電車」のターミナル駅も、この洞窟にある横浜駅と同じ構造だ。そしてそこから「ディズニーの町」行きの列車も出ている。「タブーのあるエレベータ」からたどり着いたゲームセンターもこの洞窟にある。「死体の多い山」の施設は、もちろんすべてこの洞窟にあるものと同じものだ。
 こじつけるわけではなく夢を見ている最中にそう自覚する。この頃は、洞窟の入口から入ることはまったくない。ああ、洞窟にいるなと感じるだけである。