「若葉萌ゆる山」
押角〜岩手大川
清水(しず)集落を過ぎると、岩泉線の車窓は一変する。進行方向右手に見えていた民家は全く消え失せ、その替わりに車窓に山がぐんぐん迫ってくる。大山塊のただ中に、気の遠くなるような年月を掛けて刈屋川が刻み込んだ谷は、深く険しい。岩泉線の細い二条の鉄路は、その刈屋川の流れにまるで遠慮するかのように、断崖絶壁にへばりつくようにして峠の方向へ向かって伸びている。小さなトンネルを幾つもくぐり抜け、滝のような小さな沢を渡り、昼なお暗き谷底を、岩泉線のディーゼルカーは急勾配を孤独にひた走る。
「岩泉線を撮るならココ!」と言われる有名なお立ち台から、新緑真っ盛りの谷底をゆく岩泉線を狙う。7時半頃の列車だが、深い谷底には完全に光が当たりきっていない。しかし、前日まではやや浅かった緑色が、夜半の雨で見違えるように鮮やかになっていた。夢にまで見た待望のシャッターチャンスに、レリーズを握る手にも思わず力が入る。
5月の押角峠は、一週毎に山の表情が違うという。叶うものならば、毎週あの山に登り、緑の移ろいゆくその瞬間を、余すことなくカメラに収めたいものだと思う。
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