夢日記 第三夜   カスミグモ Previous Menu Next
 温泉街の小道。私と友人のHは浴衣でぶらぶらと当てもなく散歩していた。歓楽街の裏手にあたる商店街で、通りは地元の買い物客ばかりで賑わっていた。オレンジ色の裸電球の街灯下に、もう都会では見られなくなったような風体の豆腐屋、惣菜屋、八百屋などが立ち並んでいる。旅館の勝手口を覗いてみると割烹着姿の女将たちが夕べの支度に忙しく立ち働いているのが見える。
 あちこち店を覗きながら歩いていると、やがて道の様子が妙なことになってきた。地面にところどころ裂け目があり、そこから熱い蒸気が間欠的に噴出している。通り全体が薄霧がかかったように霞んでいた。
 おそらく最初は普通の道だったのだろう。それが地殻の変動かなにかで温泉が噴出してきたのではないかとHと話しながら歩いた。硫黄の臭いは感じないが、うっかりして蒸気を浴びようものならたちまち火脹れになりそうだ。その蒸気と蒸気の間をたくさんの人たちがさも馴れたように行き来している。これもここの風物詩なのであろうか。子供などは楽しげに裂け目を飛び越しながら走っていく。
 やがて温泉街を過ぎて民家の並ぶ通りにでた。道は小高い丘に向かって静かに傾斜している。蒸気による火傷の心配はどうやらなくなった。振り返ると、澄んだ大気を通して美しい夕焼けが山々に照り映えているのが見える。
 行く手を閉ざすように大きな蜘蛛の巣がかかっているところに出た。Hは、カスミグモの巣だという。なるほどカスミ網のようにキメ細かな出来である。胸あたりの高さまである蜘蛛の巣を、町の人達は暖簾でもくぐるようにサッと片手で払いのけて通っていく。これも風物詩なのか。それとも自然を大切にする考え方で放置しているのか。
 Hは蜘蛛の巣をくぐらず、足で踏んで壊しながらどんどん先へ行ってしまう。よく見ると、この先にもこれと同じような巨大な巣がいくつもかかっているようだ。壊してしまってもいいのか気になったが、くぐっていく方が簡単そうだ。私も彼にならって巣の上を歩くと、大きな重い虫が掌にたかった。黄色と黒のだんだら模様の大きな蜘蛛である。すぐに払いのけようとしたが、蜘蛛はがっちりと掌にふんばって離れようとしない。気味が悪くてもう一方の手でつかむのも嫌だった。慌ててHを呼んだが、蜘蛛は彼の到着を待たず、尻にある大きな針で私の掌をグサリと刺した。Hは何でもないよ、と言って蜘蛛をつまみ上げる。なるほど血も出ておらず痛くもない。しかし掌には穴が開いていた。