夢日記 第八夜 奇妙な電車 |
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窓の外を赤く染まった夕暮れの町並みが流れている。車内は空いていて寛いだ気分で、この車両には私を含めてこの八人しか座っていない。他の車両も同じようなものだ。私の右手には老年の男がなかば躰を投げ出すようにして腰掛けている。左の方には黒眼鏡の中年男が腕組みをして座っている。他には中年夫婦が二組ずつ、そして目の前には美しい女の子が一人で座っていた。 やがて女の子は、傍らにあった普通よりいくぶん小さめのギターを手にして、おもむろに弾き始めた。ほとんど和音を使わない単純なメロディだった。けれども、いかにもこの平穏な雰囲気に合っている静かな美しい曲で、ほかの人たちと同様に私も聞き惚れていた。 しばらくしてから、そのギターには三本の弦しかないことに気づいた。さらにショックだったのは、彼女の左手には三本の指しかなく、しかも、肩から直接指が生えていたことだ。サリドマイド児。それに気づいてしまうと、彼女の美しい顔と美しい音楽がいかにも哀れに響いてきた。 音楽が消えるように終わった。皆は一斉に拍手した。老人はしきりと彼女を褒め称え、他の皆も口々に何か言っては、彼女を褒めた。私にはそれが過剰な反応に思え、やがて立ち上がってその車両を出た。 電車の中を最前部まで歩いた。詩織さんがいる。彼女はそこで子供たちや身障者の世話をしていた。その車両は養護施設になっているらしかった。詩織さんは見知らぬ太った女性と一緒に仕事をしている。オシメを取り替えたり、食事の世話をしたりと、忙しそうに立ち働いていて、私に気づく様子もなかった。気づいていたとしても話をする暇はありそうになかった。詩織さんは活き活きとしていて、魅力的に見えた。 電車は終着駅に着いた。私は電車から降りたが、詩織さんはそのまま残って仕事を続けているようだった。あと十五分で折り返し運転するという構内放送があった。私はホームに留まって彼女の降りるのを待ったが、やがてベルが鳴り、電車は出発していった。 詩織さんは、本屋で働いていた時の同僚である。四つほど年上の女性で、一度だけ映画を一緒に観に行ったことがある。常に仕事を見つけて動いていないと気が済まないタイプの、気の強い女性だった。 しかし、この夢を見たとき思い出したのは詩織さんのことではなく、新聞配達をしていた頃に点字新聞を届けていた少女のことである。その盲目の少女は確か中学生だったが、非常に美形だった。言葉の使い方も発音の仕方も大人びていて、てきぱき動いて新聞代を笑顔で差し出す。目をつぶったままでなければ、とても盲人には見えなかった。家の人達もみな気持ちのいい人達で、彼女の弟も礼儀正しい子供で姉を慕っている様子だった。 |