夢日記 第十一夜   モネの庭 Previous Menu Next
 太い梁が渡してある高い天井の日本間で私はぼんやりと庭を眺めていた。開け放たれた障子からは午後の陽光が畳半分ほど射し込んでいる。庭は薄靄がかかったように霞んでおり、枯山水の水墨画そのままである。ふと、喉に渇きを覚えて腰をあげた。台所へ通じる廊下で、伯父から客があることを聞く。では奥へ遠慮しようかと、冷えた麦茶を湯呑に入れたのを持って、先ほどまでいた居間の前を通り過ぎようとした。いつの間に通したものか、すでに数人の客人と伯父が、黒檀の卓子を囲んで談笑している。くつろいだ洋装をした男たちに混じって一人、地味な和服を来た妙齢の婦人がいる。はっとして立ち止まったところを、伯父が手招きで呼び寄せる。親類の者です、とだけ紹介されて、女の隣の座蒲団を勧められた。彼女と微笑みながら黙礼を交わしてみると、それが檀ふみである。
 映画の撮影の合間にここに立ち寄ったとの話。伯父と面識のある者がいて、会話はずいぶんと弾んでいる。この旧家を撮影に使いたいがよろしいでしょうか、との監督らしき人の申し出に、伯父は満足そうに由来などを事細かに説明している。檀さんは興じ話のうちにも妙に寡黙で、相槌を打つ程度。なにかは知らぬが憂い顔である。時々話す言葉も一言二言、しかも古い言い回しが混じる。それが今の役柄に耽溺しているためだと合点するには、少し時間を要した。
 私も言葉少なく、私と檀さんだけが和服姿。彼女の視線は落ち着く先を求めて、頻繁に私のそれとぶつかる。次第に誘うような視線に転じてくるようで、そのうち彼女は和服の胸をゆるめて見せもする。とうとう彼女が私に言った。
「庭を案内していただけませんか」
 私も退屈を感じてきたおり、ためらいもせずに承知した。
 紅葉が始まった庭の中を、彼女に寄り添って奥に導いた。背中に伯父たちの視線を浴びて、少し誇らしい気分になる。私たちは見つめ合うだけでほとんど口をきかずに歩いた。口を開けば、互いに堰を切ったように言葉が湧き出てきそうな予感がしていた。
 落ち葉と蓮の葉で水面が覆われた池は、モネの描くジヴェルニーの庭そのものだった。五色に輝く木々が周囲を取り巻き、印象画の筆遣いのような柔らかい交錯する光で満ちている。
 もう屋敷も見えない。最も美しい風景のほとりで、彼女は立ち止まった。くちづけは、自然になされた。それから私たちは長く抱き合った。今夜もう一度逢う約束を残して、彼女は小走りに屋敷に舞い戻っていった。