夢日記 第十八夜 古典ドラマ |
![]() ![]() ![]() |
私は俳優で、『日本霊異記』のような古典を元にした連作ドラマに出演している。黒沢明の『羅生門』あたりを意識したような映像で、私は第四話までの撮影に立ち会い、出演している。残念ながら最初の二話は思い出せず、後の二話も数シーンしか覚えていない。 賊に追われて山野を逃げているのは医師を志している男であり、これが自分である。烏帽子を被った正装が足に絡みついて何度も転びかける。思えば近頃は走ったこともなかった。身軽な装束で飛ぶように駆けてくる若造が笑っている。からかわれていた。そうと分かっていても、怒りを覚えるどころかただ恐ろしい。振り返ると若者が青鬼に変わっているように見える。息は切れ足がもつれ、とうとう地に伏してしまう。 その時、天から錫杖を持った僧が降りてきて救いの声をかけてくる。このセリフが大事だったのだが、どうしても思い出せない。意味は覚えている。ともかく、一世一代の演技で確信を持って、賊の心をかき乱す或る言葉を放て、と言うのである。 ともかく教わったとおりにすると、果たして賊はショックのあまりに倒れてしまう。医者が驚いて駆け寄ると、もう既に息が止まっている。医者は、つい、してやったりと思って、お前は騙されたのだと口にしてしまう。賊は一瞬カッと目を見開き、悔しそうな顔をして息を引き取る。 ところが、この辺りの事情も覚えていないのだが、医者は逆に賊として捕らえられてしまう。おそらく僧の言葉を裏切ったための天の制裁だと思われる。 場面は一転して座敷牢である。中央に燭台があり、一本の蝋燭が燃えている。微かな風で揺らめく炎に照らされ、恐ろしげな罪人の顔が幾人も浮かび上がる。二三十人もいるだろうか、蝋燭の周りに皆押し黙って座っている。これから裁きを言い渡されるのだ。 医者もその中にいる。今は皆と同じようなボロを纏って黙って座っている。と、一瞬、鬼の顔が浮かび上がり、すぐにあの賊の無念の顔に変わり、また闇になる。 なぜ、こんなことになったのか考えていると、再び僧の声がする。このセリフも重要なのだが、忘れてしまった。四文字か五文字程度の漢文だった気もする。意味は覚えている。物事を最後まで演じきることの大切さを説く言葉だった。蝋燭の火に僧の顔が束の間浮かび上がり、吸い込まれるように消えていく。 医者は初めて後悔した。あの賊はさぞ無念だっただろう、可哀想なことをした。そう思うと涙が出てきた。 第四話。深い竹林の前の撮影現場。 私は俳優ではなく一種のアドバイザーとして参加している。三年にも渉る連作ドラマだと聞いている。次に俳優として参加することになるのはいつなのか定かではない。私は前回の自分の演技に不満を抱いており、僧のセリフを思い出している。 玉砂利の敷き詰められた屋外セットの中で、公家の衣装をつけた俳優たちが演技している。短い金屏風の前に女が一人座って、まったく同じ衣装の二人の若者を見上げている。外が明るいので、室内はやけに暗く見える。特に陰になっているほうの若者は、青白い化粧で能面のように無表情だ。とても生きているように思われない。 「カット」の声がかかり、五分休憩となる。皆、タバコなどを取り出してくつろいでいるが、幽霊役の俳優だけが同じ格好で身動きもしない。 妙に気味悪くなって、カメラマンと話し込んでいる監督に思わず声をかける。 「あれ、誰です?」 監督はセットの中を探すように目を細め、やがて目を離さないまま、誰にともなく怒鳴った。 「おい、あれ誰だ?」 みんな一斉にセットの方を見た。 真っ青な顔をした公家の衣装の若者が立っている。 |