雑感122 報道という事実 Previous 雑感メニュー Next
2021/08/12

伊豆山の盛土とその周辺(Google Earth)
 2021年7月3日に発生した伊豆山の土砂災害では、直後に原因として最も指摘されていたのはメガソーラー施設だった。発生から間もなくTwitterでは土石流の映像から発生地がほぼ特定されていたが、自分もまた航空写真やグーグルアースで現場を確かめていた。その後、盛土の崩壊が原因とする報道がなされた。
 問題の盛土はメガソーラー施設のある尾根から北に20〜30メートルほど下った場所で、岩戸山(734m)からは300m余り下った中腹になる。

岩戸山と伊豆山地区(地理院地図Globe)
 7月8日になってYouTubeの林業専門番組ZIBATSUチャンネルで、現地調査の結果を踏まえた第101回】「山を“壊す道”と山を“守る道”」「熱海の土石流はなぜ起きたか」のライブ配信が流れた。そこで初めて盛土の周辺と上部の状況が写真で確認できた。
 盛土を囲う寸断された道路、山頂方向に延びる泥で覆われた林道、巨石が転がる草原、メガソーラー脇の亀裂が生じた道路、開発現場に停められたダンプカー、沢に打ち込まれた送電のための電柱…。
 単に航空写真で眺めるだけでも、上流の多方面に何箇所も土が剥き出しになった場所が確認できる。ストリートビューで盛土から上の道路を登っていけば横切る土砂に植物が繁茂して途切れている。

岩戸山に向かう舗装道路(googlストリートビュー2014年撮影)
 もちろん報道で流される情報は事実の断片であり、誰かのバイアスを通して加工されている。この情報の場合は盛土から上部がほぼ映されないことが不自然で、規制か配慮が働いているように思えた。国土交通省の令和3年(2021年)7月1日からの大雨に関する情報の切り取り方と同じである。
 盛土が崩れたのは確かなことで注意が向くのは当たり前だが、自然開発がそれより上方にも行われていることは明らかで、盛土はドミノの最終ピースの可能性がある。初めは盛土以外の要因を指摘する発信は少なくなかったが、ほどなく盛土とその被害を巡るつぶやきに埋もれてしまった。

 筒井康隆『エロチック街道』に所収の『歩くとき』と『寝る方法』は、あらゆる説明書のパロディだ。マニュアルが詳細であればあるほど、それをそのまま実行しようとすればするほど混乱を招き、これが笑いに繋がる。
エロチック街道/新潮文庫
 知識がないと歩くことや寝ることや日常の行動ができないと考えることは奇妙なことだ。けれども、これほど極端ではないにしても、現代は似たような誤謬に陥っているのではなかろうか。

 知識が行動に繋がることも確かにあるが、行動の説明としての知識というものもある。技術マニュアルは予備知識と解説から成り立っており、実践とともに用いることが前提になっている。知識があるからできると考えることは間違いではないが、できるからといって知識があるとは限らないし、知識があるからといって実践できるとも限らない。
 職場でよくあることだが、現場の状況を電話で得意先に伝えようとしてもなかなか伝わらないのに、写真1枚であっさり理解してもらえたりする。
 新しい道具に関して非常にマニアックな知識を披露した人が、実際に道具を手に取ると下手くそで作業が進まないこともある。貸してみろと横から手を出した人があっさり使いこなすこともよくある。道具には対象物があり、道具の制御には身体の使い方や作業環境も関わってくる。
 これはあらゆる機械やパソコンも同じことで、新しく作るソフトのマニュアルなど存在しないし、不具合の対処法を検索しても出てくるのは歴史であって目の前にある現実ではない。

 仕事で扱うデータには色々あるが、データを処理するために使うソフトは主にSQLデータベースやマイクロソフトのオフィス製品になる。レベルはまちまちだが、扱うデータ自体は実務上のもので、新人にはお金と同じだから慎重に扱うように指導したりもする。
 データと現実が一致するかどうか確認することは最も大事なことの一つで、不具合や間違いがあれば原因を探して対処しなければならない。現実に間違いがあるのかデータが間違っているのか、ソフトの異常か、それとも認識が異なっているのか、あるいは例外ケースか、チェックすべきところは目の前のどこかにある。

 新型コロナの情報は昨年の初め頃から自分でもデータを集めて自らの感染確率などを計算していた。6月ぐらいからは科学専門サイトや個人サイトだけではなく公共機関や報道機関、さらにYahoo!など大手検索サイトでもデータ公開を始めたので自分では切り上げた。
 例えば、NHKの特設サイトからは新型コロナの一日ごとの感染者数と死者数のCSVデータをダウンロードすることができる。これを月間データに修正してグラフにすると下図のようになる。これはExcelで数分もあれば作成することができる。
 比較のため、世界の新型コロナウイルス死亡者数を日本の人口に換算した数値と昨年の日本の総死者数から算出した月平均値を加えている。
COVID月変動
 世界水準はあくまで日本の人口に見立てた仮想値である。国によっては死因の大半が新型コロナになっているが、そうではない国が圧倒的に多い。感染者数と比較すると死者数は地を這うようで見定めにくい。ネット上で感染者数と死者数を別グラフとしている所以だ。本来は罹患していない人数を加えないと現実に近づけないが、グラフとしては成り立たなくなってしまう。

 データに関して、ことに数値に関しては、普段から扱っている人とそうでない人とでは現実と絵空事ほど認識の違いがある。
 ゲームではレベルを比較して立ち向かっていくのに現実に当て嵌めることができない人は大勢いる。自分で集計したり計算したり分析したりしていないデータ数値には現実的な意味はないのだろうか。数字を感覚として言葉で伝えることは不可能に等しい。

 見たり聞いたり知ったりしていても現実と結びつかないことはあるし、自分でやっていることや使っている物でも知らないことはある。例えば、市販薬や洗剤など成分を見て買っている人はどの程度いるだろうか。宣伝文句や評判だけで選んでいる人が多いのではなかろうか。
ベイルート港に出来たクレーター(Google)
 昨年のベイルートで起きた大爆発事故は硝酸アンモニウムが原因と報道された。本当に危険か自分で試すわけにいかないと思うかもしれないが、硝酸アンモニウムはヒヤロンなどの瞬間冷却材や肥料にも入っている化学物質で、実際に見たことや使ったことがある人もいるだろうし、ほぼ例外なく誰もが恩恵を受けている物質だ。
 これは日頃よく見ているGENKI LABOでレバノン爆発原因の硝酸アンモニウムは火がなくても燃える!【実験】として取り上げられたが、その1年前にでんじろう先生[公式]が必見!硝酸アンモニウムがなぜ爆発するかを大検証しました【ammonium nitrate explosion】【実験】などで何回か取り上げていたことを簡単に纏めている。
 こうした科学的知識もこれまで述べてきたことと同じで、ただ知っているだけでは実践や現実と結びつかない。
 職場で次亜塩素酸水の噴霧が中止になったのもNHKが危険と報道したためだ。niteからの引用を社内掲示板に載せてあるが、そんなことは書かれていない。しかし、役員の決定なので誰も何も言わない。

 素人判断は危険で専門家に任せた方がいいとはよく言われるが、しかし、その専門家の見解はおろか事実さえマスコミやSNSに押しつぶされることがある。政治家まで巻き込めばそれは法令となる。虚構と言おうかメタフィクションと言うべきか。
「実際はこうですが、多数決の結果、こういうことになりました。」
 近頃そんなふうに見えることが多くなってきた気がするが、昔からこんなものだったかもしれない。