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特集へ 太平洋序曲NY公演特集・後半


リンカーンセンター・フェスティバル2002パンフレットより

 
 2002年7月9日(火)記念すべき「太平洋序曲」ニューヨーク公演の初日がやってきた!
 まずはゲネプロ。ということはこの日は2回公演ということ。前日までの稽古の疲れで、大分声の方に来てしまっているキャストもいる。くれぐれもゲネは楽に、楽に。
 ここでゲネプロのことに触れるつもりだったが、20日余り経った今、初日の公演の印象が余りに強烈で、ゲネプロで何があったか、ほとんど思い出せないことに気が付いた!覚えているのはゲネプロが終了してから本番までの休憩時間に、突然空が暗くなり、土砂降りの雨が降り出したこと。ドーン!!!という、一瞬爆弾テロが起こったかと思うほどの強烈なカミナリの音!イヤ〜な予感が誰しもの胸によぎった。
 
 そしていよいよ初日の幕が上がった。幸い雨も小降りになったようだ。チケットの売れ行きは大体8割位との話だった。4階席や音響席の後、見切れのある席は最初から売っていない。その他のところはほぼ埋まっているように見える(正直に言うと、目が悪い僕にはほとんど見えていない。ただ客席から出る場面があるのでそのとき初めて気が付いた次第)。
 まずは「太平の浮島」。観客がどんな反応を示すのか、期待と不安の中、歌い舞う。国本さんの最後の台詞「我らは浮かぶ!」が終った途端、次の場面のために屏風の裏にスタンバってた僕等の耳に、身体に、体験したことのないような分厚い拍手が響いて来た!今思うと、この時が成功を確信した瞬間かもしれない。1曲、1曲終る度に大きく熱い拍手。
 ワイドマン氏の修正で絶妙になったと思われる字幕の効果もあってか、例えば、香山が阿部に目付役を命ぜられる場面でナレーターが発する『たなぼたの よき話には 裏があり』などという台詞にも、しっかり笑いが来る(一体どういう風に英訳しているのだろう?)。どうしてこんなところで?と思うようなところでも笑いが来る。ニューヨークのお客さんは、とにかく<楽しみに来ている>という事がはっきり伝わってくる。キャストやスタッフが懸命に観客に伝えようとすることを、しっかり受け止めて、それを僕等に伝え返してくれる。まさに役者冥利に尽きるといった経験だ。

 開幕前のイヤ〜な予感にもかかわらず、舞台は順調に進んだ。1幕が終った時の拍手!2幕の「プリーズ・ハロー」の後の盛り上がりよう!そして最後のキツ〜イ、キツ〜イ「NEXT」が終わりカットアウト!その瞬間湧き上がる凄い拍手!カーテンコールが進むうち、いつの間にか客席のほとんどはスタンディング・オーヴェーションとなっていた。鳥肌が立った!ブロードウェイ・ミュージカルを日本人のカンパニーがニューヨークで、しかも日本語で上演して、こんなにも熱烈に支持してくれた!感動以外の何ものでもない!
 ニューヨークに着いた当日観に行った「In to the Woods」で客席の盛り上がりようを見て、『この半分でも盛り上がってくれたらいいね』と言っていたのだが、遥かにそれを上回っていた。明日からの4日間もこんな風に受けいれてくれればいいなと思いつつ、初日パーティーの会場へと向かった。
         
        初日パーティ会場で、音楽監督の山下氏、ワイドマン氏、ソンドハイム氏と

 7月10日(水)ニューヨーク公演の二日目である。19:30の開演。昼は自由時間。
 

 一人で、昨年のトニー賞を総なめにしたミュージカル「プロデューサーズ」のマチネーを観に行く。チケットは治田君が取ってきてくれていた。ありがとう!とにかく面白かった!これぞアメリカン・ミュージカル!といった作品。基になった昔の映画をぜひ見てみたい。



 いよいよ二日目の幕が上がった。初日に実はドキッとしたことがあった。「太平の浮島」が終わり、次の場面(僕は屏風の後ろでスタンバイしている)に行く時、例のコンピューター制御の屏風が僕等の目の前を、<ガ、ガ、ガーッ>という音と共に、揺れながら開いていったのだ。芝居を続けながらも、次に果たしてちゃんと閉まってくれるのか、ちょっとドキドキしていた。
 そしてこの日、同じ場面で今度は屏風の一枚が引っ込みきらずに止まってしまった!丁度老中の大島さんのまん前で。『罪人の名は!』という樋浦さんの台詞から始まるこの場。次が大島さんの『万次郎でございます』という台詞。樋浦さんは台詞を言う前に手で屏風を押そうとするのだが、ビクともしない様子。大島さんが仕方なく屏風を避けて前へ出ようとしたまさにその時、屏風がユラユラ揺れながらゆっくりと袖へ入って行った。<将軍の母>として後に座っていた僕は、ただハラハラしながら見ているしかなったが、なんとか芝居に支障は出ずに済んだ。良かった良かった。スタッフはこの日開演前に確認していたらしいのだが、やはりコンピューターは当てにならない、人間の力が一番です!
 その後は何事もなく舞台は進行し、この日もスタンディング・オーヴェーション。観客数も確実に初日より増えている!
 多分明日あたり新聞評が出るだろうという。果たしてニューヨークは僕等にどんな評価をしてくれるのだろう。

 7月11日(木)依然として夜中に二、三度目が醒める。今日は大島さん岡田君と、ホテルの近くに見つけた日本料理店にお昼を食べに行く約束だ。
 朝起きて早速部屋に配られる<New York Times>を手に取る。<Times>は日本の新聞と違い、スポーツ・ビジネス・アートといったジャンルごとに別冊になっている。ちょっとドキドキしながら<The Arts>を見てみると、な、な、なんと、その1面に<プリーズハロー>のカラー写真がしっかりと載っているではないか!評は1面から5面へと続き、その5面の方は紙面の半分近くが費やされている。しかし情けないことに、意味が全然分からない!誰か教えて!
 待ち合わせの時間になったのでロビーへ降りる。大島さんはいたのだが岡田君がなかなか来ない。部屋に電話してみると、まだ寝ていた。そこへ演出部の山本園子さんと藤波三幸さんが登場。園子ちゃんは英語がペラペラで、舞台でのキュー出しをひとりで受け持っている。きっと彼女なら意味がわかるはず。しかし、彼女にとってさえ難しい単語が多く使われていて、なかなか全貌が見えてこない。褒められていることは確かなようだが。
 慌てて降りてきた岡田君を加え、<New York Post>と<Daily News>を買いに行く。この2紙にも載っているそうだ。やはり細かい意味は分からないが、まあ劇場へ入れば、きっと誰かがちゃんと訳してくれるだろう、ということでお昼を食べに。久しぶりの天丼を食べた。
       
 劇場へ入ると、そこにはもう訳文が貼ってあった。役者達はそこに群がった。かなり難しい文章だが、褒めてくれている。単に褒めるのではなく、とても分析的に観てくれている上に、<同時多発テロ>以降の、自分達の国<アメリカ>の現状をも重ね合わせて、冷静に評価を下してくれている。
 あとでアメリカ人スタッフから聞いた話では、この<Times>の批評を書いてくれた<ベン・ブラントリー氏>は、ニューヨークタイムズのトップの批評家であり、年間60本以上の批評記事を書き、そのうち褒めるのは1割にも満たないそうだ。彼の批判的な記事が載ったためにクローズしたショーもいっぱいあるとか。この人に良い評価をされることは、とても凄いことらしい。
 そして三日目の幕が開いた。<Times>の記事の効果か、当日券を求める人たちが押し寄せ、本来売り出していない座席まで売らざるを得なくなったらしい。
 昨日までも充分すぎるほど盛り上がっていた客席だが、この日は更に上回る大盛り上がりよう!まるでお祭り騒ぎ!そして最後の『Next』が終って照明がカットアウトした瞬間、大きな歓声と拍手が鳴り響いた!一瞬の暗転の後カーテンコールのため照明が入ったときに僕等が見たものは!
 暗転中のほんの1、2秒の間に、おそらく2.000人を大きく上回る観客のほとんどが立ち上がっていた!信じ難い光景だった!

7月12日(金)ニューヨーク公演もいよいよあと2回。

この日は昼間、大島さん・岡田君と地下鉄でグランド・ゼロに向かう。グランド・ゼロ、勿論昨年の9・11、2機の旅客機が突っ込んで大勢の人々が犠牲になった同時多発テロの現場、世界貿易センタービルの跡地だ。
 あの日、日本中の、いや世界中の人たちがおそらくそうであったように、僕もまた信じられない思いでテレビの前で釘付けになっていた。まるで映画のような突入の場面。もろくも崩壊してゆくビル、そしてビル。以前に読んだトム・クランシーの『合衆国崩壊』という小説で、日航機がハイジャックされて議事堂に突っ込み、大統領を始め大勢の犠牲者が出るという場面があった。まさに小説を超える出来事がテレビの画面を通して現実に起こっている。学生時代<浅間山荘事件>を食い入るように見ていた事を鮮明に覚えているが、この事件の映像も生涯忘れられないだろう。まさに言葉もないという状態だった。
 一方で、不謹慎な話ではあるが『これで来年のニューヨーク公演はお流れかな』という思いも頭をよぎった。しかし、後から聞いた話だが、テロのわずか2・3日後にはリンカーンセンター側から『公演は絶対にやるから』との連絡が入ったということである。あの大惨事を乗り越えようというニューヨーカー達のエネルギー、すぐに立ち上がろうという勇気、そして<暴力によって自分達の文化まで破壊されてたまるか>という強い想いを感じさせられたエピソードである。
 訪れたグランド・ゼロは、まるで巨大な工事現場。金網や塀で囲まれ、下ではトラックや作業車が走り回る。ここがテロの現場だと知らなければ、日常の一コマとしか思えなかったかもしれない。しかし、周囲には犠牲者達の写真やメッセージが貼ってあったり、路上ではテロの写真集や、まだ元気に聳え立っていた貿易センタービルの写真を売っている。やはりここで3000人近くの人々が亡くなった事実が重くのしかかって来る。

 4日目の幕が上がった。舞台は順調に進み、満員のお客さんはまたしてもスタンディング・オーヴェーション。しかしこの日ひとつのハプニングが起こった。最後の<NEXT>。僕はその前に<刺客>の役で殺され、<NEXT>が始まる直前まで舞台で死んでいる。きっかけで立ち上がり袖に引っ込み、大急ぎで現代服に着替える。その時、隣でやはり大急ぎで着替えていた誰かの『靴がない!』という叫びが聞こえた。彼の名誉ためにA君としておこう。靴がなかったA君は結局靴下のまま銃を持って舞台へ飛び出したようだ。僕はといえば着替えに懸命で人の事を気にする余裕はなかったのだが、舞台に出て驚いた。黒尽くめの現代服、靴下も当然黒なのだが、何故かA君は白い靴下で踊っていた。目の悪い僕は気が付かなかったのだが、なんとズボンもなかったらしく、黒いナイロンの稽古着を穿いていた!それに気づいた出演者達は笑いをこらえるのに大変だったとか。どうやらA君がスタンバイしておいた衣裳と靴を、アメリカ人スタッフがもう終ったと勘違いして楽屋に持って行ってしまったらしい。A君には気の毒な話だが、ナイロンの稽古着に白い靴下で踊り、カーテンコールに出ていたA君の姿を想像すると、可笑しくて可笑しくて大笑いしてしまった!しかしこの大笑いが、あとあと自分の身に降りかかってこようとは、その時は想像もしていなかった!

7月13日(土) 「太平洋序曲」ニューヨーク公演も遂に千秋楽。舞台の進行に支障をきたすようなハプニングも起こらずここまで来た。初日の幕が上がるまでのハラハラドキドキが嘘のように、無事千秋楽を迎えることが出来た。いやいや、今夜の幕が下りるまで安心は出来ない。
 同じリンカーンセンター内の隣のボーモント劇場では、日本で劇団四季も上演している「コンタクト」が上演中だ。台本は「太平洋」と同じくジョン・ワイドマン氏。氏とリンカーンセンターの好意で今日のマチネを無料で見せてもらえる。しかし僕は亜門氏から「是非見てください」と言われ、治田君も「すっごく面白かった」と聞いた『ユーリンタウン』を観に行く。劇場近くの中華料理屋でパイコウメンを食べ、大汗をかきながら劇場へ入ると、劇場内は暗く薄汚れた感じ。なにせ話自体が、街中の公衆便所が有料となり、なんとかそれを無料にさせよう闘う人々の物語である。音楽はまるでクルト・ワイルのよう。先日観た『プロデューサーズ』とは全然違う世界である。音楽といい話の雰囲気といい、やはりどうしても『三文オペラ』を思い浮かべてしまう。面白かった!とても面白かったのだが、つくづく『英語がもっと分かればなぁ』と思った。己の語学力のなさを思い知らされた!
 そして千秋楽の幕が上がった。実はこうして書いている今、その日の舞台のことは余り覚えていないことに気が付いた。楽の後の打ち上げパーティーのことは覚えているのに。覚えているのは、当日券の行列の多さに見切り席まで売りに出し、開演がいつもより遅れた事。そして、カーテンコールでのそれまでにも増しての熱狂とスタンディング・オーヴェーション。舞台中のことは何故か思い出せない。
 楽屋に帰ってみんなと『お疲れ様!』を交わすと、なんと樋浦さんが泣いているではないか!最長老の樋浦さんが。もう今だから言っても怒られないと思うのだが、実は立稽古に入ってすぐ、樋浦さんは<老中・阿部>が足をドンと踏む所で踵を痛め、しばらく動けない日々が続いていた。まして初演の坂本さんに代わって今年からの参加、ミュージカルも初めてという樋浦さんにとって、どんなに不安な想いでニューヨークへやって来たか、察するに余りある。しかし、舞台に立った以上そんなことはお客さんには関係のないこと。そんなことは百も承知の樋浦さんは、舞台が終ると毎日足を氷で冷やし、好きなお酒もほとんど飲まずに、無事、今日の千秋楽を終えられた。様々な想いがあの涙の中にはあったのだと思う。ほんとにお疲れ様でした!
 リンカーンセンター内で打ち上げパーティーの後、勿論部屋で二次会だ!!!!!!

7月14日(日)帰国の日。前夜、当然の如く各部屋で盛り上ったわけで、予想通り集合時間になっても現れない人が数人。髪の毛もボサボサのまま、慌ててバスに乗り込み、ケネディ空港へ。

あっという間に過ぎた嵐のような十日間。
日本のスタッフ、アメリカのスタッフ、そしてなによりニューヨークの観客に支えられ助けられて、大成功を収められたこの十日間。我々<太平洋序曲カンパニー>にとって、一生の財産になると思われるニューヨーク公演が終ってしまった!
帰りたくない、またいつかニューヨークの舞台に立ちたい!
立ち去りがたい想いの僕等を乗せて、ノースウエスト17便は成田へと飛び立っていった。




ケネディ空港で越智さん・国本さん・
大島さん・園岡さんと

 

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