佐久平駅からバスで望月へ。10時30分過ぎウォーキングを開始。歴史資料館、当時の面影を残す旅籠等の建物見ながら、望月宿の西のはずれ大伴神社を過ぎる。 |
茂田井の一里塚跡を過ぎ暫く行くと芦田宿。宿の開祖であり本陣兼問屋であったと言う土屋家に足を止める。堂々たる屋敷に圧倒される。
芦田宿を出ると往時の中山道を偲ばせる「笠取り峠の松並木」。綺麗に整備され松並木公園になっている。ベンチに腰を下ろし昼食・休憩。 |
松並木を抜け、国道142号線を暫く登ると笠取り峠。峠の茶屋で暫く雨宿り。 |
長久保宿を出て田植えの済んだ田圃・畑の見て142号線を暫く進むと「中山道 これより和田の里」の標識があるが、宿はまだ先。左手に依田川、右手に山が迫る道をひたすら歩む。約1時間ほどで「これより 和田宿」の標識に着く。街道筋には歴史的な遺産が数多く見られる。 |
7時30分本亭旅館を出発。国道を横切った所に「江戸より50里の一里塚」跡碑を見つける。国道142号線を暫く歩き左手の旧道に入る。 唐沢の「一里塚」跡碑、三十三体観音と出会いながら旧道を進む。 |
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十一月から三月まで峠を越える旅人に粥と焚き火を、牛馬には年中小桶いっぱいの煮麦を施したと言う「和田峠接待所」に出会う。 ところどころに石畳道が残る旧道を進む。広原一里塚を過ぎた頃から小雨、傘をさしての歩きとなる。 |
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人馬の休憩所となっていた東餅屋跡、当時を偲ぶものは何も無い。ビーナスラインを縫う様に、旧道は続く。 10時10分、遂に和田峠(古峠)に到着。冬季は寒気も強く降雪量も多い峠越えは、想像を絶する厳しさであったことが想像される。 諏訪への降り口から足元が定まらない急斜面が暫く続く。 |
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風雪の時の避難所と荷置き場として作られた石小屋跡を過ぎ、西餅屋茶屋跡の先で、国道に出る。 浪人塚(水戸浪士)に立ち寄る。雨脚が強くなった国道を歩く。休む場所が無いので止む無く、大木の下で雨宿りしながら昼食(本亭で作ってもらった「オムスビ」)。 |
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雨脚が強くなったので、「ポンチョ雨具+傘」で国道142号線を歩く。トラックの水飛沫、風圧に悩まされる。 幸いに、遠く諏訪湖が見え隠れする頃から、小雨となった。 諏訪大社下社春宮を経て、JR下諏訪駅に着いたのは、13時20分。14時8分の「あずさ」で帰途につく。 |
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