池鯉鮒宿〜鳴門宿〜宮宿〜(金谷)(2006年2月13日)
本陣跡 10時名鉄知立駅を出発、池鯉鮒宿・本陣址、知立古城址を確認し、久しぶりの東海道歩きに多少緊張しながら歩を進める。「不断立つ池鯉鮒の宿の木綿に市」と芭蕉が詠んだように、木綿が特産品だったとのこと。
逢妻川を渡ると国道一号線と合流。
一号線を縫うように進む。古い家並みが残る今岡村を抜け、新境橋、正戸橋を渡ると河野一里塚。
河野一里塚
桶狭間古戦場碑 名鉄「前後駅」近くの中華料理店で昼食・休憩。

桶狭間古戦場伝説地で、しばし歴史物語に思いを馳せる。
有松絞染で知られる有松・鳴門宿に今も古い家並みが残っていのは嬉しい。

有松の古い家並み
桶狭間古戦場碑 中島橋を渡り、鳴門本陣址、光明寺を過ぎ天白橋を渡ると笠寺一里塚。
山崎橋、熱田橋を渡り、姥堂・裁断橋跡に足を止め、午後2時45分、宮宿の「七里の渡址」に到着。しばし休憩。
東海道・桑名宿へは海上七里の里程であったと言う。
七里の渡跡
七里の渡跡 更に歩を進め、熱田神宮に参拝。

午後4時少し前に、一夜の宿、金谷のホテルに着いた。

熱田神社


(金谷)〜岩塚宿〜万馬宿〜神守宿〜佐屋宿(2月14日)
新尾頭の道標
午前8時過ぎにホテルをチェックアウト、本日の起点である「新尾頭の道標」(佐屋路の道標)を確認し、8時30分、佐屋宿を目指しスタート。
説明に、「佐屋街道は、熱田宿を桑名宿を結ぶ七里の私の風雨による欠航や、船酔いを嫌う多くの旅人が行き交い、東海道の脇往還として非常に賑わっていた。商用や寺社参りの人々、参勤交代の大名行列、さらにはオランダ商館のシーボルトや十四代将軍家茂、明治天皇もこの道を通行している。」とある。
きねこさ祭りの奉納行列 庄内川を渡る手前(岩塚宿)で、「きねこさ祭り」の奉納行列に出合った。七所社への参道は、祭りの準備で大賑わいであった。
万馬大橋を渡ると万馬宿。
七所社
神守の一里塚 更に歩を進め、多くの神社仏閣、新川、福田川、蟹江川を渡ると神守(宿)の一里塚。
工事中の日光橋を渡り昼食休憩。「茶そば+まぶし」ランチは旨かった。
ひたすら歩き、道脇に佐屋街道祉碑を見つけ目的地が近いことを知る。
佐屋街道祉碑
三里之渡址 午後1時半に目的地に到着。
当時の面影は無く、佐屋三里之渡址碑、代官所址碑、等で当時を偲ぶのみ。
2日間で45km強の道程であった。
歩いている間は天候に恵まれたが、名鉄佐屋駅から帰途途中で雨模様となった。
次回は桑名が起点となる。
佐屋代官所跡

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