限 界 集 落 を考える 3

保土ケ谷区災害ボランティアネットワーク 委員 佐藤榮一

前回、生活の全てを支えるボランティアの必要な時代が来ると記しましたが最近の各地で発生した地震ではその兆候が見えています。災害時要援護者の地震発生の瞬間を取材した記事がありましたが健常者の恐怖とはまた違った状態になるようです。その瞬間から誰かを求める、身の安全を図るといっても「誰かいますか?」から始まるようです。つまり発災の瞬間からその人は自助不可能状態でボランティアが必要になっているのだといえましょう。
災ボラネット、災ボラコアの役割も多様化していくでしょう。ボランティア活動そのものもかつての労役型に心身支援型の活動も加わってくることと思います。

中越地震の際には保健師さんのボラ活動としてエコノミークラス症候対策としてラジオ体操のテープやCDを配布したと記録されていますし、その体操指導を買って出る人たちなどが活躍しております。阪神の時も、高齢者の爪切りや公衆電話用の10円硬貨配布なども隠れたボラとして記憶されております。ちなみに「『爪切り』『髪きり』は医師法違反ですよ。」と指摘されることがありますが爪を切ってもらった高齢者が「久しぶりに熟睡できました。」との感想を述べられるそうですが、これからは、法律違反とされたり無資格活動とされることも真剣に考えなければならなくなる時代が来ると思います。

地震が発生した瞬間から3分間の自助、3時間の共助つまり自分と家族の命を守ってこそ地域住民によるボランティア活動が今後重要になると考えます。しかし、反比例するように地域の高齢化過疎化は進み限界集落となっていくのです。

次回:『限界自治体』になることを恐れる