『想定外』、『未曾有』を叱る
       (『想定外想定』について)

保土ケ谷区災害ボランティアネットワーク 委員 佐藤榮一

『想定外想定』をする。私が50年近く危険業務に従事するための座右の銘にしてきた言葉です。想定外を想定する、まさに想定内ではないかとよく言われます。確かに・・・。

シビアアクシデント(過酷事故)やカタストロフィー(大災害、大惨事)は想定を超えたところにあり、それを予め推測し策を練ることを『想定外想定』という。つまり、想定の中で起きることは平常であり、誰もが想定内として受容している。ということです。

私が想定外想定に出会ったのは米陸軍の作戦会議を映画フィルムに収録する仕事をしていた時のことです。司令官は作戦会議を終えると幕僚の一人一人に「君の想定外想定を述べよ」と言って、参謀の合理的ではないかもしれない懸念事項や種々の情報を語らせるのです。気づきがあるとさらに作戦会議に付議されることもありました。
軍人にとっての『想定外想定』は戦死や敗戦です。軍人にとっては想定外であったというあと付けの理由は成り立ちません。

この『想定外想定』は、司令官からDr.ドラッカーの理論を引用したものだとも聞かされました。Dr.は最近、再脚光を浴びていますが「すでに起きた未来(過去の類似事象)から近い将来を思考し予測しよう」との部分です。わが国にも『すでに起きた未来』を見つめる教訓は、『他山の石を拾え』、『前車の轍を踏むな』など、たくさんあります

シビアアクシデントやカタストロフィーは、過去の発生事例や他の地域事象をわがこととして学習を積み重ねておけば教訓として生かされます。今回の大震災から考えてみると未曾有とか想定外とか、かつて体験したことの無いとか、そのような言い訳で責任を回避するのは卑怯なことだと思います。私としてはやりきれないほど人間の狡さと愚かさに腹が立つのです。

関東大震災では14万2000人(最近では約10万人との説も)が亡くなっていますし、明治三陸大津波では2万人を超える人が亡くなっています。「津波テンデンコ」とか「ここより下に家を建てるな」など有名な教訓を残しております。今回は教訓を伝承してきた地域や人々が助かりました。

原子力発電所の事故についても、先人が体験した過去の大災害をまったく教訓として受け止めない想定で脆弱な原発を設計し運用してしまった結果、今回の破壊を想定外・未曾有の災害により不可抗力であったと表現しております。
私たち関東の密集地に住む者はもう一度「地震の時に火を出さない、大火にしない」と 言うことを思い浮かべながら『想定外想定』を考えなければならないと思います。