災害対策 平成から令和へ
★一人も死なない、滅災の時代を・・・★
保土ケ谷区災害ボンティアネットワーク 委員 佐藤榮一
平成時代から令和時代に代わり国をあげて祝賀と期待にあふれている。
戦争の昭和時代、大災害・大事件・大事故の平成時代といわれているが、令和はどのような時代になるのか期待と不安にも駆られる。
私の人生から令和時代に期待するのは、本当の国民の安寧である。平成は、防災から減災の時代といわれ災害に対する国民の意識が少し変わった気がしたが、それは言葉だけの話で災害被害が減少したとは思えない。平成の被害規模から令和時代を考えるとき、令和時代は、人命被害ゼロを目指すべきと強く思う。
防災施策で想定死者32万人等々と死者数が計上されてきたが行政も国民も平然と、且つ、漫然と受け入れているように感じられることがもどかしい。
「単なる想定です。」 軽々しく言わないで欲しい。一人も死なせないとの意気込みを示せと強く言いたい。国民にも、「死ぬのはあなただ。数十万人死んだから大災害ではない、家族が一人死んでもあなたにとっては大災害でしょう。」と。
提言として、『滅災(めっさい)』を提言する。『減災(げんさい)』は、意識付けに相当の効果を生んでいるので、滅災の普及にも期待する。
災害時に、一人も死なない、死なせない、官(公)民 協働して災害対策に取り組むべきであろう。平成時代の災害は、被害・事故に対して「想定外であった。」「はなはだ遺憾です」、「検討し善処します。」などの処理が目立った。
想定条件や計画等の見直し、人災的要因の反省、国民への啓発不足放置など令和時代に引き継ぎたくないことは山積している。ある地域の水害では、ハザードマップーマップどおりの浸水被害が発生したが人命被害も財産被害も防げなかった。
私は、「想定外」の皮肉として認識した。
平成時代の過酷災害・大事故・大事件を踏まえてそれらについて『温故知新』『 前車の轍を踏まない』『二度あることは三度ある』『天災は、忘れた頃にやってくる(寺田寅彦)』『起きて欲しくないことは必ず起こる(マーフィー)』などなどの警句や教訓の真意を理解し、減災の実現と一人も死なない滅災社会の構築に貢献していきたいと自覚した。