こんにちは、ロック。お元気?
わたしはいつだって元気よ。
あなたがそっちへ行ってしまってからもう、何年になるかしら?
こう、毎月のように送られてくる手紙にもう飽き飽きしている?
だけど、そうでもしないとわたし、さびしいのよ。
お返事が返ってこないのはとても悲しいけれど、あなたにはあなたなりの理由があるんでしょう?
気にせずにお勉強にはげんでね。
わたしはずっと待っているわ。
義姉さんの手紙はいつもこうやってしめくくられていた。
「わたしはずっと待っているわ。」
義姉さんは今、何をしているだろう。
相も変わらず車椅子にのっているのだろうか。
俺の憶測に対して終わりを促すかのようにオルゴールが最後の音を奏で、
妙に設備のいいこの寮の一室を静寂で包んだ時、
俺は内線コールで呼び出された。
「はい、ロックです。」
来週の卒業試験についての電話だった。
これに合格さえしてしまえば、毎日同じことの繰り返しの生活から抜け出せる。
そうすれば、俺は故郷に帰れる。
気を抜かないために、俺は机に勉強道具を広げた。
来週の試験に合格するために。
早く義姉さんに会うために。
俺のメモリーの限界がどれだけなんて知らないけれど、
それでも試験を3年も早く受けようと思った。
自分の力をためしたかったのか、それとも・・・?
「おい、聞いたかよ。ロックのヤツ、トップで試験受かったんだって。」
「やったじゃないか!すげぇや!」
「だろう?こんなめでたいことそうそうないぜ!」
「やっとロックがここからいなくなるんだな!」
俺は誰とも分からない奴等の会話を気にせず、
さきほど手に入れたばかりの卒業認定証書を持って、急いで寄宿舎に帰った。
「やっぱり帰るんだな。」
「当たり前だ。俺はこんなところにいたくはない。」
「ここも寂しくなるなぁ・・・。」
「どうせすぐ新しいルームメイトが来るさ。」
「お前との関わりも今日で断ち切られるのか。」
「どういう意味だ?」
「お前のことだから、手紙を送っても返事は書いてよこさないだろう?」
「分かっているじゃないか。」
俺はスーツケーツのふたをそっと閉めた。
しばらくすれば迎えの馬車が来る。
「ロック、お前さ。」
しばらくの沈黙が続いたあと、フォーヴが言った。
「なんでそんなにがむしゃらに生きようとしてるんだ?」
「別に、俺は・・・。」
「俺にはがむしゃらに見えるんだよ。たいして知り合いもつくろうとしないし。
この何年かでつくったのは敵だけじゃないのか?」
「味方をつくったって、いつ裏切られるかも分からないぞ。」
「そうか。お前はそんな風にまわりを見てたのか?俺のことだって信用してないのか?」
「お前は特別さ。」
「そんなことを言っていると、いつか・・・、いつか裏切られるぞ。心底信用していたヤツに!」
「お前は俺を裏切らない。」
俺たちの会話はドアのノック音でかき消された。
「迎えに参りました。」
「じゃあな、フォーヴ。いろいろと世話になった。」
「気にするな。いつかは忘れる間柄だ。俺のことなんか早く忘れちまえ。」
「言われなくともそうなるだろうさ。」
手を握り合うこともなく、振り返らず、呼び止めず。
俺とフォーヴは『他人』になった。
校門の前に止まっていたのは懐かしいあの、黒塗りの馬車。
黒塗りの部分は長い年月で少しはげてきている。
最初にこの馬車に乗った時も、こんな風な、雨の降ってきそうな曇りの日だった。
はたして、俺はこれでよかったのだろうか?
言われるがままにこんなところで勉強して、これは俺のためなのか?
馬車がゆれる。
ゆりかごみたいだ。
いつまでも赤ん坊じゃないと思っていたけれど、睡魔には勝てないようだ。
眠い。
「ロック様。屋敷に着きました。・・・ロック様?」
「・・・ん?あぁ、そうか。」
音声機能のついたロボットは扉を開けて、出るように促した。
「お荷物をお持ちいたしましょう。」
「その必要はない。俺一人で持っていける。」
「しかし・・・、荷物運びもわたしの仕事のうちですし。」
「うるさいな・・・。」
「いいえ、でないとわたしがレッド公にしかられます。」
「しつこいぞ!だから、俺はお前と・・・!」
同じなんだぞ。
「・・・?」
「いや、なんでもない。気にするな。それより扉を開けてくれ。」
「はい、かしこまりました。」
ロボットであることを自覚して、差別されて今日までを過ごしてきたヤツと、
幼い心をずたずたに引き裂かれ真実を知った俺と。
どちらが生きていて虚しいと思う?
「ロック様。ちょうどそこにティマ様が・・・。」
ロボットの指差す先に、前と少しも変わらない義姉さんが、
やはり同じように前と少しも変わらない車椅子に座って窓の外を見ていた。
そんな彼女を見て、俺はゆっくりと二階へと歩みだす。
「義姉さん、久しぶりです。」
俺の声を聞いて、義姉さんは振り返り、視線を上へと上げた。
「・・・ロックなの・・・?」
こくり、と頷く俺を見て、義姉さんは驚きの表情と共に、笑みをこぼしてくれた。
「・・・まぁ、ロック!あなた・・・背がずいぶんと大きくなったのね!見違えたわ!
一体、いつ寄宿舎から帰ってきていたの?
本当に、帰ると決まっても手紙は出してくれなかったのね。」
「もう、手紙どころじゃなくって・・・。」
「そうなの。忙しかったのね。今日はもう、ゆっくりしたらどうかしら。お茶でもいれましょうか?」
「・・・じゃあ、いただきます。では、先にお義父さんのところへ行ってきます。まだ顔を出していないんです。」
「分かったわ。あとで来てね。お父様は三階の書斎よ。」
「分かりました。」
そう言って俺は踵を返して、エレベーターに乗り込みお義父さんの書斎まで向かった。
かつん、かつん。
ロボットさえも少なくなってしまったこの階では、俺の靴音がよく響いた。
ドアのノック音も足音と同じようにフロア全体に響き渡り、そしていつしか空気へと飲み込まれていった。
「ロックです。」
「入れ。」
部屋に入っても静寂からは逃れられず、お義父さんは何かの書類に目を通していた。
「ただいま学校から帰ってきました。卒業認定証書もあります。」
「それだけか。」
「それから、通学中は特に異常は見られませんでした。」
「・・・異常?」
「つまり、関節からのオイル漏れや、そのほかショートなどの異常です。」
「あぁ・・・、そうか。分かった。部屋に帰れ。」
「はい、分かりました。」
・・・・・・。
ドアを閉める時、心なしかお義父さんが笑ったようだったけれど・・・?
「丁度いい時に来たわね。カップが温まったわよ。」
義姉さんは優しく微笑んで席に着くよう俺を促した。
「今日は何がいいかしら?」
紅茶の葉の入ったビンをいくつかテーブルの上に並べ、
淡い赤紫のアクセントのある白い陶器のティーポットを片手に俺に尋ねた。
「・・・じゃ、ダージリンを。」
手際よく紅茶をいれる義姉さんの行動ひとつひとつ全てが懐かしかった。
「ロック、角砂糖は二つでいいのかしら?」
「いえ、結構です。」
紅茶に砂糖をいくついれるか、と聞かれるのは何年ぶりだろうか。
寄宿舎の方では何もかも自分が決めることで、他人が干渉してくることなどなかった。
目の前で湯気をたてながらほのかに香るダージリンティー。
カップを右手に、ゆっくりと口を近づけて一口飲んだ。
義姉さんの入れた紅茶はこのうえないほどに澄んでいたけれど、
ほろ苦かった。
「ねぇ、ロック。花壇の方へ行きましょう。」
「いいですよ、行きましょう。」
俺たちはカップをそのままに、部屋を出た。
「ごめんなさい、ロック。わたしを下へ降ろしてくれるかしら?」
「もちろんですよ、義姉さん。」
義姉さんは自分では一階へ降りられない。
階段の中央にあるスロープは車椅子にしてみれば急すぎて、
誰かに支えてもらわないと下へ行くことはできない。
俺はもち手にふわりとかかった金色の髪を右手の甲でそっと払い、下へ降りた。
下へ降りると義姉さんはカラカラと自分から車椅子をすすめ、外に出た。
「如雨露に水を入れてちょうだい。」
庭師ロボットにそういうとそいつは水色のそれにたっぷりと水をいれて持ってきた。
「ありがとう。」
ロボットは一礼すると向きを変え、どこか別の場所へ行ってしまった。
「花、ですか・・・。」
花壇に植えられた蕾さえない植物を見て俺は言った。
「そうよ。わたしが毎日こうして水をやっているの。」
「そんなことしなくても、僕がホログラムくらい買ってきたのに・・・。」
それなら一日で植物の成長を見届けられるし、
花が咲いたところで再生を止めてしまえば永久に花は咲きつづける。
「ふふ、ロックは流行に疎いのね?」
義姉さんは振り返り、にっこりと笑った。
「は?」
「今このメトロポリスではね、自分の手でいかに美しく花を咲かせるかどうかというのが流行っているのよ。」
「そうだったんですか。」
「わたしはプロでもないし、初めてだから・・・。
どんな花が咲くのか楽しみだわ。花って育て方次第でも美しさが違うのだそうよ。」
義姉さんは愛しそうにその植物の葉を撫でた。
「それにしても寒いわね・・・。帰りましょうか。ごめんなさいね、付きあわせてしまって。」
空の如雨露を花壇のふちに置いて義姉さんは言った。
「いえ、僕は平気ですよ。義姉さんが寒いと感じたのなら早く帰って温まりましょう。」
暖炉は赤々と燃え、俺と義姉さんを暖めた。
その時。
「ティマ!」
慌しく父さんが入ってきて義姉さんの名前を呼んだ。
「あら、どうしたなさったのお父様。そんなに慌てて。」
「いいか、よく聞くんだ。ロートン氏がお前のために新型の車椅子を設計してくださったのだ。」
「まぁっ!でも・・・。」
「心配するな。多少の景色の変化など、すぐに慣れるさ。
お前が心配することなどなにもないのだよ。」
「そうおっしゃるのなら・・・。」
「できるだけ早く作っていただけるそうだぞ、待っていろ。もう少しで・・・。」
「もう少しで?」
ひっかかった言葉だった。
何かがあるのだろうか?
しかし、そう言った義姉さんに対してお父さんはあからさまに誤魔化した。
「いや、なんでもない。とにかく、その車椅子さえあれば、どこへだって一人へ行けるのだ、ティマ!」
「お父様・・・。」
義姉さんは嬉しそうに父さんにむかって微笑んだ。
ぱたん、と閉まったドアをしばらく眺めていた俺を見て、突然は義姉さんはくすり、と笑った。
「どうかしましたか?」
「いいえ、やっぱりこんなに大きくなってしまったのね、と思っていたの。
昔はあなたがわたしを見上げていたのに・・・、
今ではすっかりわたしの方が見上げないとあなたの顔が見えないわ。
今日はずいぶんと長い間一緒にいるけれど、あなた、わたしとお話するのは大変じゃないかしら?」
「僕は平気ですよ。」
「そんな無理言って!お父様はわたしを見下ろすと首が痛くなるっておっしゃったのよ!」
「お父さんと一緒にしないでくださいよ・・・。」
「あら、ロックったら!ふふ・・・。」
「そういえば、さっきお父さんが言っていたあの車椅子・・・。乗るつもりですか?
急に視線が変わるのは恐くありませんか?」
「・・・・・・・・・。」
「義姉さん?」
「わたしはあなたと同じ視点で世界を眺めてみたいの。」
義姉さんの瞳はその言葉を口にした後もずっと俺を捕らえて離さなかった。
その澄んだ緑色の瞳は潤っていて、深い緑の中に俺はいた。
「義姉さん・・・。・・・寒くはありませんか?薪をもっとくべましょうか?
風なんかひいてお父さんを困らせてはいけませんよ。」
何を言い出していいのか分からない、というより、
こういう時には何を言ったらいいのか知らず、気のきかない言葉だけを口走った。
「いいわ、わたしは寒くないから。そのままにしておいてちょうだい。」
俺から瞳をそらした義姉さんの白い頬は暖炉の炎の光をうけて、赤く紅潮して見えた。
「・・・じゃ、僕はこれで。お茶をごちそうさまでした・・・。」
「いいえ、また来てちょうだい。」
そう言った義姉さんの口調がそっけなくて。
口の上手くない俺は自分が憎らしかった。
「それでは。」
そしてドアノブに手をかけた。
ぱたん、と世界を閉ざす音が聞こえ、振り返らずに俺はまっすぐ玄関へ向かった。
義姉さんは一人では世界を越えられない。
求めるものはいつもその白い指先のずっと向こうに。
その時、庭の方からがらがらという金属音が聞こえた。
玄関のドアを乱暴に開けて音のする方へ走って向かうと、
一つのロボットが多数のロボットに抑えられていた。
一体何があったんだ。
首を右から左へ向けると、そこには義姉さんの花壇だったものがあった。
そこはもう、ぐしゃぐしゃに踏み潰されて原型を保ってはいなかった。
他にも、庭園入り口のアーチは地に倒れ伏していたし、
植木の鉢もいくつか壊れていた。
そしてまた首を元のほうへ戻すと、やはりさっきのロボットが多数のそれに抵抗を続けていた。
いけない、義姉さんに早く教えなければ。
多数のロボットの取っ組み合いを尻目に、
俺は屋敷に戻って義姉さんの部屋へと一目散に走っていった。
「義姉さん!花壇が・・・。」
義姉さんはゆっくりと顔をこちらに向けて悲しい表情を俺に見せた。
「花壇が・・・。」
「知っているわ。わたしの花壇はここからでも見えるんですもの。」
「では、あの花は・・・。」
「それよりロック、御覧なさい。」
義姉さんの言う先には、さっきのロボットのかたまりがあった。
どうやらそいつは頭のメインコンピューターになんらかの異常をきたしたらしく、
もはや召使いロボットしての機能は完全に失われてしまっていた。
花壇を踏み荒らしたロボットは庭師ロボットだったので音声機能はついていなかった。
そして瞬間的に反抗的な様子を見せたそれはしばらくして頭部から白い煙を出して硬直した。
それは周りをとり囲んでいた、暴走を止めていたロボットが立ち去っていっても変わらず、
そのロボットの機能停止を示していた。
・・・このことをお父さんに報告しなくては。
俺は少し振り返り、さっきのロボットを視界にいれた。
硬直し続けるそれは地面を見下ろし、うつむているように見えた。