飛魚亭の裏庭 ジャックとステーィブンの時代の音楽1
〜 この時代の作曲家 〜
ジャック・オーブリーとスティーブン・マチュリンのシリーズを読む楽しみの一つが、音楽です。何しろこのお話は、音楽会会場ではじまり、艦より先にバイオリンが出てくるのですからね。この二人の出会いが、音楽がきっかけというのも楽しいです。さらに、背が高く体格のいいジャックがバイオリンで、小柄なスティーブンがチェロというのも面白いところです。この二人、それぞれどんな音を出していたのでしょうか、艦のデッキではどんな風に響いたのでしょうか、聞いてみたいものです。
- ■この時代の作曲家
- この時代はバロックの次の「古典派」と呼ばれる作曲家が活躍した時代です。
バッハ、グルック、ハイドン、ヘンデル、ボッケリーニ、モーツァルト、ベートーベンなどが有名です。こんな作曲家の名前が並ぶと、まるで古い音楽を演奏していたような錯覚に陥りそうですが、実は彼らと同じ時代に生きていた作曲家たちで、いわば現代音楽、最新流行の音楽だったのですよね。
「古典派」というのは、それまで宗教のためのものだった音楽を、音楽のための音楽として作曲していること、均斉の取れた格調のある音楽であることが特徴だそうです。
- Musical Evenings With The Captain
オーブリー・マチュリンシリーズの中の音楽を集めたCDです。
ロカテリ、ハイドン、ヘンデル、ボッケリーニなどの曲が収められています。パトリック・オブライアンが解説を書いています。曲ごとの説明がないのはちょっと残念ですが、お勧めの一枚です。
画像はアマゾンjp.にリンクしています。ロカテリの曲の一部が試聴できるようになっています。Musical Evenings With The Captain 2
第2集もでています。モーツァルト、ハイドン、バッハの曲が収められています。
画像はアマゾンjp.にリンクしています。モーツァルトのオーボエ四重奏曲、バッハの無伴奏バイオリンのパルティータの一部が試聴できるようになっています。
- ◇ロカテリ(ロカテッリ)(1695-1764) ピエトロ・アントニオ・ロカテッリ Pietro Antonio Locatelli
- ロカテリは古典派というより、まだその前のバロック音楽の作曲家です。『ヴァイオリンの技法』という12曲のヴァイオリン協奏曲集が代表作のようです。
◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」1章 …… ポート・マオンの総督邸での音楽会からこの物語が始まります。演奏されているのは、ロカテリの「ハ長調四重奏曲」。『第一楽章の勝鬨を上げる音色でつつまれていた』とあります。その後もジャックの音楽好きが良くわかる描写が続いていて楽しいです。
- ◇グルック(1714〜1787) クリストフ・ヴィリバルド・グルック Christoph Willibald Gluck
- オーストリア生まれ。お父さんは森林管理人だったそうです。オペラの作曲で成功した彼は、1745年にロンドンにも行っています。そのときヘンデルにも会ったそうです。1750年にはウィーンの宮廷歌劇楽長になっています。代表作「オルフェウスとエウリュディケ」は1762年発表。
◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」2章 …… スティーブンがジャックに、スペイン語(カスティリヤ語)とカタロニア語の違いを説明している場面で、『イントネーションの調子が全然違います。グルックとモーツァルトくらい似ていませんな』と言っています。音楽好き同志ならではのたとえですね。
- ◇モーツァルト(1756〜1791) ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart
- オーストリアのザルツブルグに生まれた、押しも押されぬ天才音楽家です。彼のお父さんは宮廷付きの作曲家で教会堂の副楽長でした。幼い頃から才能を発揮し、7歳で楽譜を出版、パリに滞在しルイ15世の前で演奏したりしたあと、ロンドンにも1年以上滞在して人気を博したそうです。
作品は交響曲、協奏曲、オペラ、歌曲など多岐にわたり非常に多数。◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」6章 …… ミスタ・ブラウンの家で、ジャックのバイオリン、スティーブンのチェロ、ミス・ブラウンのヴィオラで、モーツァルト変ロ長調四重奏曲が演奏されています。3人なので第2バイオリンは省略されていたのでしょうね。
◆映画「マスター・アンド・コマンダー」の中の、最初のジャックとスティーブンの演奏シーンは、モーツァルトの「バイオリン協奏曲 第3番〈ストラスブール〉」です。ただし、楽譜どおりの演奏ではなく、この時代らしく、ポプリ(メドリー、接続曲)という、そのときの気分にあわせたフレーズをつないでいく演奏方式だったようです。
- ◇ボッケリーニ(1743〜1805) ルイジ・ボッケリーニ Luigi Boccherini
- イタリア生まれ。作曲家であるとともに、チェロの名手としても有名です。スペインの王室や、プロシアの王廷で仕事をしています。「ハイドン夫人」とあだなされるほど、ハイドンと作風が似ていて、さらに繊細なのだそうです。
弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲、交響曲、チェロ協奏曲など、作品数は多数。◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」11章 …… 音楽会でミセス・ハートがハープを弾いています。曲目は、ボッケリーニのチェロの曲と、ハイドンの三重奏です。ジャックは「われわれで編曲した」と言っています。
◆映画「マスター・アンド・コマンダー」の最後のシーン、とても楽しそうに演奏しているのが、ボッケリーニの「マドリードの通りの夜の音楽」です。うきうきするような、いい曲ですね。
- ◇ハイドン(1732〜1809) フランツ・ヨーゼフ・ハイドン Franz Joseph Haydun
- この時代は父親の職業をついで音楽家になる人が多かったのですが、ハイドンはオーストリアの田舎で車輪製造人の息子として生まれたそうです。その後ウィーンにでて成功し、多くの交響曲や室内楽曲を作曲し、ベートーヴェンを教えてもいるのです。1790年から1792年にはロンドンで仕事をしていたそうです。
- ◇クレメンティ(1752〜1832) ムツィオ・クレメンティ Muzio Clementi
- ローマ生まれでイギリスで音楽を学んだそうです。ロンドンで大変人気のピアニストでした。1781年にウィーンでオーストリア皇帝ヨーゼフ2世の前で、モーツァルトとピアノの腕を競った事でも有名です。そのときは彼のほうが勝ったといわれています。1798年頃からピアノ製作会社も設立したそうです。もちろん、作曲もしています。ピアノを習う人には練習曲の作曲家としてもおなじみだそうです。
◆「勅任艦長への航海」2章……ウィリアムズ夫人が「クレメンティのピアノ」を自慢しています。ずいぶんと値段も高かったようです。それにしても、このご夫人は…ですね。
- ◇フンメル(1778〜1837) ヨハン・ネーポムク・フンメル Johann Nepomuk Hummel
- ドイツのピアニストで、モーツァルトやクレメンティにもピアノを習ったそうです。1788年以降は欧州各地へ演奏旅行をしたそうです。この時代の人はみんな早熟だったようですね。
◆2巻「勅任艦長への航海」2章……メルベリー・ロッジでスティーブンが弾いていた曲が、フンメルのニ長調ソナタでした。ソフィアもこの曲を練習したと言っています。このあと、ソフィアがそしてダイアナが同じ曲を弾きます。
同じく5章、6章、また12章でも、この曲がちょっとした(またはジャックにとっては重要な?)小道具として使われています。
- ◇モルター (1696-1765) ヨハン・メルヒオール・モルター Johann Melchior Molter
- ドイツの作曲家。この時代の人ですから演奏もしたと思うのですが、この人は、どうも資料があまりありません。クラリネット協奏曲やトランペット協奏曲が今でもよく演奏されているようです。
◆2巻「勅任艦長への航海」2章……スティーブンが、プリマスで牧師さんとのお付き合いで、演奏会を聞きにいっています。「変わった作品」だとか、「とくにトランペットが良かった」などの感想を日記に書いています。
★NEW ◆10巻「南太平洋、波瀾の追撃戦(THE FAR SIDE OF THE WORLD)」4章……ジャックは自分が弾いた、短い魅力的なロンドの作曲家を訊ねたスティーブンに「モルターさ」「モルター・ビバーチェだよ」と言って一人で大笑いしています。「モルト(非常に)・ビバーチェ(活発に)」という音楽用語にかけているわけですが、それってすごいおやじギャグじゃありませんか艦長……案の定、スティーブンは辛辣な批評をしています。
この楽譜は、ジャックが故郷の教区牧師に筆写させてもらったものだそうです。
- ◇チマローザ(1749〜1801) ドメニコ・チマローザ Domenico Cimarosa
- イタリアの作曲家。生まれは貧しい家庭でしたが、教会のオルガン奏者の援助を受けて音楽を学び、11歳の時ナポリ音楽院に入学しました(ちなみに、声楽曲「カロ・ミオ・ベン」の作曲家ジョルダーニとは、同級生だったとか。先生はフェナローニ)。1791年には、サリエリ(モーツァルトのライバルとして有名?)の後任としてウィーンの宮廷楽長にもなっています。オペラ・ブッファという、喜劇的な作品を多く作曲しています。代表作は「秘密の結婚」「女の手管 LE ASTUZIE FEMMINILI」など。
◆「勅任艦長への航海」14章……スティーブンは、サー・ジョゼフの招待で、大評判のオペラ「女の策略(女の手管)」に行きます。「これを見ることが一種の流行」になっていて「ロンドン中の音楽好きがこの劇場に集まっ」ていたようだったそうです。でも彼には、大げさで、薄っぺらで、平凡に聞こえていました。ところが途中から、ハープの音色がとても「耳に楽しく」聞こえてきたのは、実は…。作者P・オブライアンのこだわりというか、いつも本当に上手い曲を選んで使いますよね。
- ◇コレッリ(コレリ)(1653〜1713) アルカンジェロ・コレッリ Arcangelo Corelli
- 彼もまだ、バロックの時代の、イタリアの作曲家です。この頃は、バイオリンはまだ新しい楽器だったようです。バイオリン奏者でもあった彼は、その技法をいろいろ開拓したそうです。彼の作品は、全てが弦楽器曲だそうです。気品に富んだ、装飾的で典雅な曲風で、「クリスマス協奏曲」などが有名です。
◆10巻「南太平洋、波瀾の追撃戦(THE FAR SIDE OF THE WORLD)」2章……ジャックとスティーブンが夕食のあと、サプライズ号のジャックのキャビンで、これからの航海の事、プリングス副長のことなどを話しています。そのあと「いつ弾いても常に新鮮なコレッリのハ長調を奏で」ています。この頃でもすでに、100年くらい前の作品なのですね。
◆映画「マスター・アンド・コマンダー」で、ジャックとスティーブンが2度目にキャビンで演奏しているのが、コレッリの「合奏協奏曲 作品6 第8番 ト長調<クリスマス協奏曲>」です。そのまま、海の上をゆくサプライズ号のロングショットになるのも良かったですね。
2度目に使われるのは、アケロン号を発見した後の、ジャックの決断のシーンです。この選曲も、前出のシーンを引き継いでいて素晴らしい効果になっています。
- ◆ 「映画サントラ」へ ◆ 「この時代の楽譜・演奏・楽器」へ ◆
- ◆このページの内容はこれからも少しずつ増えます。またお立ち寄りください。
☆ 上に戻る ☆ 「飛魚亭」TOP ☆ HOME
★ 葉山逗子さんのサイト「Sail ho!」へ ★
このページの背景は「トリスの市場」さんからいただきました
■飛魚亭TOP ■読んだ小説・見た映画 ■ホーンブロワーに出てくる馬 ■ジャックとスティーブンの時代の音楽 ■飛魚亭の裏庭 ■リンク |