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飛魚亭の裏庭

ジャックとステーィブンの時代の音楽3

〜 この時代の楽譜・演奏・楽器 〜



ジャック・オーブリーとスティーブン・マチュリンの使っていた楽器は、現代の物とは違っていたはずです。ここでは、当時の楽器や演奏について、ちょっと見つけたことを書いておきます。



■この時代の楽譜

お話の中でも、楽譜について話している場面が時々出てきます。当時はもちろんレコードもCDもありませんから、新しい音楽を知るのは、楽譜が頼りだったのですね。今の日本のようにオーケストラの演奏会が、そう頻繁にあったわけではありません。そこで、オーケストラの曲が発表されると、すぐにピアノ用に編曲した楽譜が売り出されたりしたそうです。自分で弾いたり、お金持ちの人はお抱えのピアニストに弾かせて、楽しんだのでしょうね。

◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」2章……海軍工廠の仕官ミスタ・ブラウンは作曲もするようです。彼はジャックが楽譜を借りたいというと、ご機嫌が良くなるみたいですね。ジャックはスティーブンのために、二重奏曲の楽譜を借りたのでした。

◆「勅任艦長への航海」2章……ウィリアムズ夫人自慢のクレメンティのピアノの上には、いろいろな楽譜が積み重ねられていたようです。

◆「特命航海、嵐のインド洋」8章……英国の特命外交使節のミスタ・スタンホープはフルートを演奏しますが、自作の楽譜もたくさん持っていたようです。

◆映画「マスター・アンド・コマンダー」では、アケロン号の散乱した艦長室で、ジャックが楽譜を見つけてしばし見つめるシーンが良かったですね。敵の船長もきっと自室で音楽を楽しんでいたのでしょう。音楽好きのジャックとしては、感慨深いことだったと思います。

■この時代の演奏

現代では、楽譜通りに演奏するのが、良い演奏、と考えがちです。でも実はこれ、レコードが出来てからのことだそうです。つまり、同じ演奏を何回も繰り返し聴かれるようになったからです。それまでは演奏は一回限り、楽譜どおりよりも、そのときの聴衆の盛り上がりや、演奏者の気分に合わせてどんどん編曲したり、他の曲と組み合わせて弾いてみたりと、かなり自由な演奏をしていたようです。もちろんミスタッチなどもあるのですが、録音されているわけではないので、あまり気にしなかったようです。ちょっと、ジャズみたいな感じでしょうか?
この時代は、作曲家が演奏家でしたから、自分の曲も人の曲も、どんどん好きにアレンジしていたのでしょう。著作権なんて言葉もなかったでしょうし。もちろん現代の演奏が悪いわけではないのですが、なんだかそんな演奏の楽しみ方って、素敵だと思ってしまいます。
きっと、ジャックとスティーブンもその時々の気分や、船の揺れ具合にあわせて、自由に演奏していたのでしょうね。

◆映画「マスター・アンド・コマンダー」で、一番初めにジャックとスティーブンがキャビンで演奏しているシーンはモーツァルトでした。スティーブンがこの曲はどう?などと言って、チェロを弾き始めていますね。この時の演奏は、楽譜どおりではなく、ポプリとかメドリーまたは接続曲といわれる演奏のようです。気分に合わせて、いろいろな部分を組み合わせて弾いているようです。

■この時代の楽器

ピアノ

バッハはオルガン奏者、モーツァルトはピアノ奏者として有名です。ちょうど、ピアノが出来た頃なのですね。楽器の演奏をしない人でも、小学校の音楽の時間に、(ピアノ)は小さい音で、(フォルテ)は大きい音で演奏すると習ったのは覚えていると思います。ではどうして、あの楽器のことをピアノと呼ぶのか、不思議だと思ったことはありませんか? 実は、ピアノの前身の楽器は、「チェンバロ(ハープシコード)」で、鍵盤楽器だけれども、構造上、音の強弱がつけられない楽器だったのです。その次に「クラヴィコード」が出来、やがて、強弱がつけられる楽器として「Clavicembalo col piano e forte」略して「ピアノフォルテ」というのが出来たのが1709年。さらに略して「ピアノ」と呼ばれるようになり、現代と同じ楽器になっていったのだそうです。

◆「勅任艦長への航海」2章……メルベリー・ロッジを訪ねたジャックとスティーブン。ウイリアムズ夫人はピアノ自慢をします。長女が絵を描いたと言っています。この頃はピアノにも絵をかいたのでしょうか、チェンバロ(ハープシコード)には美しい絵が描かれたものも多いですね。

バイオリン
ジャックとスティーブンが使っていた楽器は、今で言う「古楽器」というものになりますね。もちろん有名なバイオリン製作者、ストラディバリウス、グァルネリ、アマーティなどは、もっとずっと古い時代の人なのですが、現在使われているのは、メンテナンスを繰り帰しつつ現代の楽器としてある程度改造されて来た形なのだそうです。
古楽器は、ネックから伸びる黒い指板が現代のより短く、駒も低かったそうです。弦もガット(羊の腸)弦ですが、1700年ごろから、一番太いG線は、ガットに銀線を巻きつけた物が使われるようになったそうです。弓のも今のより短く、カーブの形も違っていたようです。でも弓毛は多分今も昔も、馬の尻尾の毛ですね。そしてなんと、当時のバイオリンには、顎当てがなかったそうです。首や胸に押し当てて弾いていたんですって。そういえば、ジプシーや水兵さんの演奏シーンの映像で、胸に当てて弾いているのがいくつかみたことがあります。

◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」9章……メノルカ島へついたジャックは何かと不機嫌の種が尽きなかったようですが、その小さなひとつに「バイオリンの弦は品切れだった」とあります。バイオリンの弦って、けっこう切れるものなんです。長い航海の途中で切れてしまったら、補充ができませんからね。

◆同11章……「ジャックはあごで押さえ込み」とあります、かなり怒っている状態でした。彼はこのときまで、子供の頃からずっと同じバイオリンを愛用していました。「ズボンをはきだしたしたころから」とありますから、小さいころから大人用のを使っていたのでしょうか、きっと子供のころから体格が良かったんでしょうね。

◆「勅任艦長への航海」2章……拿捕賞金で大金持ちになったジャックは、ボンド・ストリートで名器アマーティを買おうか考慮中です。さすがに「法外な値段」だったようですね。

◆映画で使われている、ジャックとスティーブンの楽器が、古楽器か現代の物かは、私にはよくわかりませんでした。メイキング・ブックにある写真を見た感じは、現代の楽器と弓のようですね。顎あてもついています。スティーブンのチェロは、本体から下の部分が映らないので、支えの棒があるかどうかはわかりませんでした。

チェロ
古楽器のチェロは、なんと本体の下にある支えの棒がないのだそうです。有名なチェロ奏者ヨーヨー・マによると、脚で挟ん支えて弾かなければならないので、馬に乗っている気分だったそうです。(初めて馬に乗る人はたいてい、内太腿が筋肉痛になるんですよ。降りるとがにまた歩きになっちゃうの(笑))
また、棹(ネック)の幅が広く、弦と弦の間が広い、駒(本体の真ん中辺にあって、弦を持ち上げている部分)が厚い、などの特徴があります。弦ももちろん、現代のように金属ではなく、ガット(羊の腸)弦でした。
バイオリンもそうですが、ガット弦の音は、とても柔らかく表情豊かです。演奏家としても、旋律の構造を明確にしやすいため、まるで言葉を話すように雄弁な演奏ができるのだそうです。

◆「新鋭艦長、戦乱の海へ」2章……スティーブンがソフィー号に乗り込む時のシーンです。チェロが嵩張るので、シャナハンという水兵の手を借りて運んでいます。小柄な先生がチェロケースを抱えてボートに揺られている様子を、思わず想像してしまいます。短い描写ながら、このシーン大好きです。

◆映画では、マチュリン先生がチェロを弾いているシーンは足元が映らないので、支えの棒があるかどうかはわかりません。ただ、あの脚の位置をみると、脚で楽器を支えているように見えます。現代の楽器のように棒がある場合は、もっと脚を広げて構えますよね。
このあたり、DVDにメイキング映像は入らないでしょうか? ジャックの練習風景はあるんだけれど。

フルート
小学生の頃、トランペットは金管楽器、フルートは木管楽器と習って、なぜ両方金属なのに木管なのだろうと不思議に思った記憶はありませんか? もちろん昔は、フルートという楽器は木製だったので、そう呼ばれるのですね。
ジャックとスティーブンの時代は、まだフルートは木製でした。さらに、今の楽器のように穴を押さえる装置もついていないので、穴を直接指で押さえる、シンプルな形だったそうです。半音階を出すのも難しく、唇で息を吹き込むのも今の楽器より難しかったそうです。今の金属の楽器のように高音も鮮明では無い代わり、優しく柔らかい音だったことも確かのようです。
現代のような連動式の鍵装置を発明したのは、自分でもフルートを演奏した、金属職人のベームという人だそうです。19世紀の始め頃のことでした。

◆2巻「勅任艦長への航海」6章……ここではいつもと趣向を変えて、ジャックがピアノ、スティーブンがドイツ製のフルートを吹いています。もちろん陸の上の家の中です。始めはジャックが気ままに歌いながら鍵盤を叩き、スティーブンがあわせていました、そしていつしか、曲はフンメルのソナタに移っていきます。ここのシーン、スティーブンがジャックを観察する時の表現がまた、音楽好きならではですね。

◆10巻「南太平洋、波瀾の追撃戦(THE FAR SIDE OF THE WORLD)」4章……海兵隊のミスター・ハワードは、ジャーマン・フルートを練習しています。ずぶの素人向けに編み出された練習法だったそうですが、ホイスト(ポーカーのようなカードゲーム)をしているスティーブンには、お邪魔だったようですね。

◆映画の最後のほう、アケロン号の散乱したキャビンには、楽譜とホルンの他に、黒いフルートも転がっていたように見えました。本当に一瞬なので、確かかどうかわかりませんが。

ホルン
この時代のホルンは、ナチュラル・ホルンといって、半音が出せない形で、通常6個で1セットの替え管があって、それを付け替えて転調していたそうです。半音が出せるホルンが作られたのは、1815年のことだそうです。現代の楽器は、バルブ・ホルンと呼ばれています。

◆映画では、アケロン号の船長のキャビンの甲板に転がっているホルンが印象的でしたね。ただ、フルートと違ってあまり単独で演奏を楽しむ楽器ではなさそうです。やはり誰かとアンサンブルを楽しんでいたのでしょうね。船医はもういなかったので、あの手術台に横たわっていた人でしょうか…なんて想像すると、胸が詰まりますね。

ところで、スティーブンが臥せっている時のチェロも、アケロン号のホルンも、なんでケースにしまって無いんでしょう? もちろん、映画の手法ですが、楽器持ちには気になるシーンではありますね(笑)



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