「Master & Commander」バックステージツアー感想
2004年 3月 19日 東京
映画「マスター・アンド・コマンダー Master & Commander〜The Far Side of the World」の公開を記念して、Salty Friends というグループの方たちが企画して行われた講演会に行ってきました。演者は、帆船"HMS"ローズの元クルーで、映画の撮影にも参加した、トム・マクラスキー Tom McCluskey さん。トムさんは、現在京都在住で、日本語もお上手でした(講演は原稿を読みながらでしたが、自筆の漢字かなまじり文で書かれていました)。休憩時間にも、気さくに質問に答えてくださいました(この場合は、英語も使用)。ほっそりしていて、色が白くて、優しい感じのとても素敵な方でした。お酒が大好きだそうです。
また、ローズにクルーとして乗ったことのある、日本人の方も、補足として説明をしてくれました。とても、アットホームな感じの、和やかで楽しい会でした。
以下、帆船素人の私の、印象に残った事などを書き出してみます。ローズの航海
映画「マスター・アンド・コマンダー」で HMS サプライズ号を演じた、帆船"HMS"ローズは、トレーニングシップとして就航していましたが、撮影のため20世紀フォックス社に購入されて、映画に使われました。トレーニングシップと言うのは、一般の人がお金を払って、帆船体験をすることが出来る船です。(日本では、少し前まで横浜にいた「海星」や(現在は沖縄)、大阪の「あこがれ」という帆船などがあります)
ローズは1月の中ごろに、撮影地サンディエゴへ向けて出航しました。この時期は、海が荒れるそうで、案の定3日目には暴風雨だったそうです。荒れた海の上の甲板からとった写真を見せてもらいましたが、写真の上のほうに斜めに水平線がありました。こんなに傾いているんですよ、とか、水平線は普通はこう見えますよね、などと、手で示してくれたので、その揺れ具合がわかりました。でも、その中でも調理係の方は、美味しいお料理を作ってくれたそうです。その方が、一番大変だっただろうと、トムさんは言っていました。
荒れる海の上で、大きな帆を畳むのも、大変な作業で、一時間半もかかったそうです。乗組員は、以前からのローズのクルーの人の他に新しい人もいたそうですが、ヨットの経験はあっても、横帆の経験が無い人もいたのだそうです。
また、別の時には、水平線の向こうに竜巻が起こったこともあったそうです。写真には、二本の黒っぽいゆがんだ柱のように立つ竜巻が見えました。二つも同時に!?と驚いたのですが、実はその横にもう一つ、3つの竜巻が同時に起こっていたそうです。自然の驚異ですね。この時は、幸運にも近くまで来なかったそうですが、たとえ逃げようとしても船の速さでは逃げ切れないのだそうです。
ある夜、ローズはメインマストが折れるという、災難にも見舞われたそうです。大きな音とともに真ん中のマストが途中から折れてしまいました。周りにたくさんはってある索(太いロープ)に引っ掛かって、甲板に落ちてくるのは免れたものの、危険なのでマストに登って動かないように縛って固定しておいて、翌日下ろしたとか。木が縦に裂けるような感じに折れていました。木造の船はデリケートなんですね。マストの折れた、ローズの遠景は、真ん中のマストが一番低くなっていていて、なんだか痛々しい感じでした。
ローズ号は、普通に航行するだけなら、8人ずつの3交代制で、24人の乗組員で足りるそうです。
現代の船は、エンジンやレーダーなどをつまなければならない事になっています。嵐の時や、目的地への到着期限があるときは、エンジンと帆と両方を使って走るそうです。
途中、風の良いときには、エンジンを切って帆走したそうです。
カリブ海の空はとても青くて綺麗ですが、嵐のあとに見たカリブの空は、尚いっそう明るく見えたと言っていました。お化粧直し
撮影地に着くと、早速ローズがサプライズになるための、お化粧直しが行われました。それが、驚くほどの大改造だったのです。マストとヤードがほとんど取り除かれ、舷側の部分も改造され、船尾の部分は、ローズはまっすぐなのですが、サプライズの丸みを帯びた形に作り直されました。
マストを支える太いロープは索(リギン)といいますが、現代は鋼鉄製で細いので、18世紀風に見えるよう、その周りにロープを巻いたり、ゴム製のカバーをつけるという、ハリウッドマジックがかけられました。マストもローズの下の部分のマストは鋼鉄ですが、映画のサプライズは木にしか見えませんよね。ちなみに、マストは3本の木を縦につないで長い一本のマストになっています。この、お化粧直しには、物凄い人数の手間隙がかかっているそうです。トムさんも、一週間に100時間も仕事をしたそうです。そして、その忙しい中にお誕生日を迎えたとか…お疲れ様でした。
艦の大改造は、外見だけでなく、船内へ入る入り口の場所まで変わったそうです。お昼だぞーの声がかかると、ローズのクルーはつい元の入り口のほうへ行ってしまい、途中で気づいて今の入り口に行くので、行列の一番後ろのほうに並ぶ羽目になってしまうのだとか。
巨大プール
この映画の撮影に使われたサプライズ号は、4通りあります。お化粧直ししたローズ号、実物大のレプリカ艦(ハリボテ、ツーバイフォーなんて言っていました)、人間の大きさくらいの大きなミニチュア艦(「ロード・オブ・ザ・リング」でもミニチュアを担当したWETA製作)、そしてCGです。
ローズは、主に広い海に浮かぶロングショットのシーンに使われたようです。戦闘シーンや砲撃などは、セットで撮影されています。海岸に作られた、タンクと呼ばれる巨大プールに、実物大のサプライズのレプリカが作られました。このタンクでは、かつて「タイタニック」も撮影されたとか。海水を満たすのに、40時間以上かかるそうです。艦を傾けることの出来る台の上に乗ったレプリカ・サプライズ号は、ここで嵐のシーンなどを撮影しています。ジェットエンジンが起こす強風と、大きなタンクから放出される水の高波で、嵐の様子が作られました。艦の上で倒れる人達は、スタントマンさんたちです。でも、反対の舷側まで水圧で飛ばされてしまい、落ちそうになったスタントマンさんを助けたのは、ローズのクルーだったという、エピソードも聞きました。
雨風の中、マストに登っているのは、ほとんどがトムさんを含めた、ローズのクルーだそうです。会場には、レプリカの設計図の青写真も展示されていました。爆薬を仕掛ける場所が、水色のマーカーで塗られていました。予告編にもあった、鐘などが飛び散るシーンです。砲撃で飛び散る部分は、軽くて安価なバルサ材で出来ていたのだそうです。
他にも、コンテ数枚が展示されていました。よく、メイキングの映像で、スタッフや役者さんたちが見ているものですね。
トムさんの出演シーン
多分、ロングショットでは、数え切れないくらい映っているのでしょうけれど、アップで映るわかりやすいシーンがあります。マチュリン先生がプライスの頭の手術をしているのを、みんなが見学しているシーンがありますが、カラミーくんの横で見ている、画面右から2番目にいるのがトムさんです。
メイキングブックの写真でも、ヒギンズの後ろに写っていたり、カラミーとホロムの後ろにいるのも、彼では無いかと思います。映画のプログラムの中にも、小さく小さく写っている写真があるようです。
トムさんは、当時の船乗りさんのように、髪を伸ばして後ろで三つ編みにしています。映画の撮影のためにしたのかと思ったら、なんと、逆に映画のために切れと言われたそうです。切らなければ、映画には出演させないとまで言われたとか。そういえば、映画の水兵さんたちはみんな短いですよね。でも、何とかそのままで切らずに出演することが出来たそうです。トムさんも、そのほかのローズのクルーの人達も、もちろん衣装を着て、メイクをして出ています。素顔は日焼けをしていないのに、頬を赤く塗られて、日焼けしている顔にされたのだそうです。
トムさんは、映画は一度しか見ていないそうです。ちなみに、会場には13回見たとか、9回見たと言う人がいらっしゃいました。私はこの時点では、ほんの4回でした(笑)
雪の中の撮影
ホーン岬のシーンでは、雪が艦に積もってとても寒そうです。でも、実は撮影は夏のメキシコの海でされたそうです。雪は、氷を砕いて雪にしたそうです。艦に近く泊めてあるボートに、大きな氷の塊がたくさん積んである写真がありました。(もしかしたら、雪を作る装置だったか、ちょっとうろ覚え)
雪があれば、雪合戦をしたくなるのが人情ってもので、ご多分に漏れず、艦の上のみんなが雪合戦を始め、止められてもとまらず、とうとう、ラッセル・クロウに叱られて、やっとやめたとか。
でも、映画でも、艦の上で非番の水兵さんたち(?)が雪合戦をしていますよね。雪のシーンと言えば、もう一つファンの話題になっているのが、ヘッドに座っている人です。私は4回目にして、初めて見つけることが出来ました。艦の先端部分に、水兵さん用のトイレがあるのです。映画を良く見ると、雪の中で、パンツを下ろして座っている人が見えるのです。寒そう〜だけど、実は夏だと言うことで、ちょっと安心(?)
座っているのは、これもローズのクルーだそうです。でも、トムさんではなく、トレイシーさんという方なんですって。さて、ついでに話してくれたのですが、レプリカ艦にはトイレが無く、行きたくても我慢するしかなかったそうです。で、どうしても、我慢しきれなくなった人は、艦が浮かんでいる大きな大きなプールへ…でも、その水面下には、水中撮影をするカメラマンさんたちが…みなさま、本当にお疲れ様です。
ハリウッドマジック
当然と言えば当然ですが、砲は本物ではありません。プラスチック製で、内側だけ金属で作り、少量の火薬なら使えるようになっていたそうです。砲弾は発泡スチロールなんですって。(でも、船の科学館の展示で見たものは、本物にしか見えませんでした)
砲撃の後、反動で後ろに下がるのは、細いワイヤーで引っ張っているのだそうです。ジャックが裂けた木が見える砲門からのぞいているシーンの、穴のセットの写真もありました。本当にただの穴のあいた板のようなものでした。
艦の先端に設置された見事な碇ですが、実はプラスチック製だそうです。これには、会場の人がみんな驚いていました。
この碇、監督が碇を下ろすシーンを撮影しようと号令をかけたところ、ざっと水につかって沈むかと思いきや、ぷかり、と浮かんでしまったそうです(笑)そのあと、中に水が入り込み、ゆっくりと沈んで行ったとか。もう一度撮り直した時には、中に入った水で、それらしく水に入ったそうですが、映画では使われなかったようです。ラッセル・クロウ
クロウが、撮影のキャストたちとラグビーをしたと言うのは、よくいろいろなメディアなどにも書かれていますが、団結を強める他に、船乗りらしい、筋力をつける目的もあったのだそうです。
トムさんによると、クロウは感じの良い人だったそうです。話しかけるときは、ちゃんとトムさんの名前を覚えていたのだそうです。
映画「ビューティフル・マインド」には、クロウが囲碁をするシーンがありました。トムさんは、囲碁が好きなので、彼に手合わせしないかと聞いてみたところ、クロウは囲碁はしないといわれ、残念だったそうです。でも、囲碁についてはいろいろな知識を持っていて、話が出来たそうです。
今回の映画でも、バイオリンを音以外は吹き替えなしで撮影しています。指や弓の動きは、きっちり演奏と合っているし、演奏も練習3ヶ月にしてはかなりのものだったようです。映画でジャックとプリングスがマストのてっぺんに登って、笑いながら遠くを眺めているシーンは圧巻です。あのシーン、始めはセットで撮る予定だったそうです。でも、クロウが希望して、本物のマストの上に登ったそうです。あの場所は、命綱をつけることも出来ないのですって。すごいですね。でも、あとで20世紀FOXから、ひどく怒られたそうですが。
他にも、マストを上り下りするシーン、みんな本人がやっているそうです。トムさんも関心している様子でした。本物の台本
今回の展示品には、本物の映画の台本がありました!!トムさんのものです。製本されたものではなく、いろいろな色の紙の束をとじた形でした。色が違うのは、第1稿が水色、2稿がピンクなど、改訂があるたびに、用紙の色が変わるからだそうです。
私も、休憩時間に見せてもらいました。当たり前だけど、映画と同じ台詞が書いてありました。でも、ちょっと違うところもありました。さらに撮影時点で変更したりもしたのでしょうね。あとで、アケロンのキャビンのト書きを見てくれば良かったと、気づきました。艦長が投げた謎の物体と、床に転がっているものたち。これは台詞じゃないから、DVDでも確認は難しそうだったので。
休憩時間には、トムさんに私のつたない英語で質問をして、答えて頂きました。とてもやさしい話し方をする方です。考えてみたら、日本語でも良かったんじゃない?(笑)
ジャックが士官候補生の少年たちを、くるくる回している、おまじないのシーン。木をたたけ、ステイ(支索)を引っかけ、3回まわれと言っています。トムさんに聞いたところ、今でも、船に乗っていて風が無いときなどに、このおまじないをやることがあるそうです。特に、若い人がやるものなのだそうです。ただし、3回まわるというのは、聞いたことが無いということでした。多分昔はそんな事もしたのかもしれない、言っていました。ありがとうございました
トムさんは、嵐の話も竜巻の事も、きつい仕事も、とても楽しそうに話していました。帆船が本当に好きなんだなあと思いました。高いところがすきなので、マストに登る話はとても楽しそうにしていました。今は、船を下りていますが、また映画が撮影されることになって、オファーがあれば参加したいとも言っていました。
約2時間の会も、あっという間でした。とても楽しく興味深いお話が聞けて、とてもよかったです。トムさん、開催者の皆様、ありがとうございました。
注:このページの内容は、記憶違いの場合もありますので、転載、引用などはしないでください。
追記:映画の中のトムさんが出ているシーンを見つけたので、メモしておきます。2004.MAR.28
◇上にも書きましたが、一番わかりやすい、手術の場面では、キャラミー君の左、ボンデンたちの右にいます。真剣な面持ちで、マチュリン先生の手元に見入っています。ボンデンの言葉には、うなづいたりしています。金髪の長いお下げを、肩から前に垂らしているので良くわかります。
◇その前の、冒頭のシーンにもいます。ホロムが望遠鏡をのぞいているシーンの右後ろで、やや左を眺めています。黒い布を頭に巻いています。熟練水兵ドゥードゥルの右にも映りますが、すぐに見切れてしまいます。(同じシーンの写真が、メイキングブックにもあります)
◇キャラミーの乗る筏を、製作している夕暮れのシーン。筏を作っている後姿が映ります。金髪のお下げでわかります。
◇ラッセル・クロウの艦長とジェームズ・ダーシーの副長が、マストのてっぺんから楽しそうに降りてきたあと、入れ替わりにするすると登っていくのが、トムさんです。中央から右に映ります。
◇最後の切り込みのシーン、アケロン号へ向かって、ロープを投げているのが映ります。ほんの一瞬ですが、多分間違い無いと思われます。(映画のプログラム「REVIEW1」のページ、右下の写真の真ん中辺にいます)
以下は、多分そうだろうというシーンです。2004.APR.08
◇最初の戦闘配置で、艦長とすれ違って走っていく水兵さんの中に彼がいました。
◇最初の砲撃のあと、死者を包んだハンモックを縫っているのが彼のようです。艦長と先生の「ブッチャーズ・ビル」の会話の前です。
◇嵐の後、折れたマストかヤードを吊り上げる作業をしているのが左の方に映ります。
◇鞭打ち刑の前、艦長のキャビンから言い争いをしているのが聞こえてしまうので、修理をしているミスター・ラムを艦尾に呼びよせるマウアット、その横で、索の手入れをしているのもたぶん彼です。
◇プリングスを見送る艦長の足元、舷側の修理をしているのも彼のように見えるんですが…これは違うかな。
以上、さらに新しく発見したのは5箇所でした。…あとはDVDですね。
参考リンク
◆Salty Friends…今回の主催 Salty Friends さんのページ。
◆葉山逗子さんのサイト「Sail ho!」…3月21日の記事がこの会の感想になっています。
◆只野様のHP「Sailing Navy 王国海軍 木造帆走軍艦の時代 」…M&Cの特設ページがあります。お勧め!
◆映画公式HPMaster & Commander〜Far Side of the World…英語版公式HP。メイキングのシーンが、動画や写真で見られます!!
◆YAHOO!MOVIES:Master & Commander〜Far Side of the World…ちょっと重いですが、映画の中のシーンをいくつか見ることが出来ます。
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